2026年3月は日本国内のパワー半導体業界を揺るがす報道が続いた。今回は、国内パワー半導体の再編の動きの現状、や背景、今後の見通しを整理してみる。
2026年3月は日本国内のパワー半導体業界を揺るがす報道が続いた月だった。3月6日に「デンソーがロームに買収を提案」という報道が流れ、12日には「ロームが東芝とのパワー半導体事業統合の交渉に入った」という報道があった。そして26日には「ローム・東芝の統合案に三菱電機も協議に参加する」という報道があり、これが実現すればInfineon Technologiesに次ぐ世界2位のパワーデバイスメーカーが誕生する、という解説まで付加された。この件に関しては筆者もあちこちからコメントを求められ、私見を申し上げてきた。そのため、すでにご覧になられた読者の方もおられるとは思うが、これらの動きの現状や背景、今後の見通しについて、いま一度整理しておきたい。
事の発端は、デンソーがロームに対して「株式公開買い付け(TOB)による買収提案」を行ったことだ。報道された時点ではデンソーは正式なコメントを発表しなかったが、ロームは「デンソーから買収提案があった」ことを認めていた。もともと両社は「戦略的パートナー」という共通認識があり、デンソーはロームの株式を5%程度保有する関係にあった。ではなぜデンソーはこの関係にとどまらず、ロームを買収するところまで踏み込んだのか。デンソーはトヨタ自動車グループの中核サプライヤーであり、その動きはトヨタの戦略とも無関係ではなさそうだ。筆者は当初、「本件はデンソー独自の判断で、トヨタは関与していないのではないか」と思っていた。しかし自動車業界の方々に話を伺ったところ、「本件はトヨタの指示でデンソーが動いている」とのこと。「トヨタという会社は基本的に『手の内化』したい会社で、全量でなくても、ある程度の数は必ず内製、もしくは準内製化を目指す」という方針だそうである。今後クルマの電動化にはSiCによるパワー半導体がキーデバイスになる、それなら国内最大のSiCメーカーであるロームを囲い込もう、ということなのだろう。
世界最大の自動車メーカーであるトヨタは、デンソー、アイシン精機といったティア1サプライヤーを中核に、重要技術を担う企業との関係を資本面でも強化してきた。その方針が同社の実績を支えてきたのだろう。必要な部品が不足して競合と取り合いになるような場合でも、グループ内に部品メーカーを抱えておけば取り合いに負けることはない。クルマの電動化にはパワー半導体が必需品だが、ハイブリッドではなく電気自動車(EV)のように搭載電池容量が大きくなると、シリコン系のパワー半導体よりもSiCパワー半導体の方が電力ロスを削減できるので有利だ。それならSiCデバイスの取り合いが激化する前にロームを傘下に入れておこう、という発想なのか。これまでのトヨタの振る舞いを考えれば理解できなくもないが、半導体側に立つ筆者から見れば、ロームへの同情を禁じ得ない。
ロームはもともと独立系の企業で、特定顧客への依存度の低い半導体メーカーである。かつてはPC周辺機器や民生機器向けを得意としていたが、昨今では車載向けが売り上げの過半を占めている。車載向け半導体は、MCU、アナログ、パワー半導体の比率が高く、メモリやロジックの比率が低いのが特徴だ。アナログとディスクリートを得意とするロームは、パワー半導体の強化に注力してきた。特にSiCには日系企業の中で最も積極的な投資と開発を進めており、世界でもトップ5に入る実績を持っている。この点がトヨタ・デンソーから魅力的に見えたのだろう。
しかし、仮にデンソーに買収されると、それ以外の車載ビジネスはどうなってしまうのか。ロームにとってデンソーは最重要顧客と思われるが、売上比率は車載の中のせいぜい15〜20%にとどまっているはずである。残りの80〜85%の中には、Boschなどデンソーの競合メーカーも含まれており、これらのビジネスのほとんどを失うことになるだろう。たとえロームが望んでも、デンソーはBoschへの販売を許さないだろうし、Boschもデンソー傘下のロームからはモノを買いたくないはずである。さらに、ロームは車載向け以外の分野で売り上げの半分近くを占めている。特にSiCは産業機器向けでも今後需要が大きく伸びることが予想されるが、それらのビジネスについてもデンソーから厳しく制限を受ける可能性が高い。
このように、半導体メーカーが特定顧客に買収されると、売り先が厳しく制限されてしまうため、企業価値を大きく毀損(きそん)してしまうのである。今回はデンソーから1.3兆円という買収金額が提示され、ロームの株価は一気に跳ね上がった。しかし買収が成立してしまうと、デンソー向け以外の売り上げ(全体の90%前後と推定される)のメドが立たなくなる。最悪の場合、事業規模が10分の1程度に縮小する危険性があるのだ。自動車業界では「シナジー」とか「新たな垂直統合」などということばを並べてポジティブに見る人もいるようだが、ロームにしてみれば、この買収提案を聞いたときは生きた心地がしなかったのではないだろうか。
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