ロームは本提案を受けて、社外取締役らで構成する特別委員会を設置して検討を進めていると発表した。「企業価値を向上させる他の選択肢とともに、慎重かつ公正に検討した上で判断する方針」としており、以前から話を進めていた「東芝との事業統合」の協議を進める、という方針を発表した。ロームは「デンソーの買収案への対抗策ではない」とコメントしているが、これは明らかに「必死の対抗策」である。重要顧客であるデンソーに配慮して、そのようにコメントしていると想定されるが、企業価値を激しく毀損される提案を「はいそうですか」と受け入れられるはずがない。また、もしこの提案に反応せずに黙っていたら、東芝側から「デンソー傘下に入るのなら、ロームとの事業統合案は白紙撤回したい」といわれる可能性が高い、筆者は感じていた。
ローム・東芝半導体事業統合案は、2024年3月に提案が発表され、表面上は東芝も合意の上で協議が継続されている。SiCを得意とするロームと、シリコン系パワーデバイスのMOSFETを得意とする東芝半導体事業の組み合わせは、極めて理にかなっているものの、統合案はなかなか具体化せずに現状に至っている。これは、「本当はロームと統合したくない」という本音を持つ東芝社員がかなり多いことが原因だろう、と筆者は確信している。そこへデンソーからの買収提案である。統合に反対派の東芝社員にしてみれば、白紙撤回を主張する絶好の機会に見えるのではないか、と思った次第だ。ロームがこのタイミングで「東芝との統合案」を再浮上させたのは、極めて合点のいく話だろう。
もちろん、だからと言って東芝半導体事業との統合案が加速するとは限らない。東芝社員の「本音」はそう簡単には変わらないだろう。しかしロームにしてみれば必死で、自身の企業価値が大きく毀損するかどうかの瀬戸際である。東芝半導体事業との統合案を推進するエネルギーは、今までよりもかなり強まっていることだろう。
そして筆者にとって意外だったのは、三菱電機の半導体事業を加えた「3社連合」の提案である。SiCの強いローム、MOSFETの強い東芝、これにIGBTの強い三菱電機が加われば、パワー半導体の主要部分をすべてカバーすることになり、業界トップに君臨するInfineonからも「手ごわい相手」に見えることだろう。「パワー半導体の強化」を推進する経産省も、この案なら積極的に支援してくれそうである。ロームも、東芝だけでなく三菱電機まで引っ張り込むあたり、デンソーの買収案に対する抵抗策に「念には念を入れて」という本気度の表れだろう。
しかし、当の三菱電機にしてみれば、この案に合意するだけの動機があるのか。三菱電機の漆間啓社長は「パワー半導体再編に前向き」という報道もあるが、筆者は違う見方をしている。三菱電機が福山工場(広島県福山市)にIGBT量産用の300mmウエハーライン建設を始めたのは2022年後半だが、それまでは200mmラインで量産していた。一方の東芝は2021年の段階で加賀工場(石川県能美市)に300mmライン建設を公表しており、三菱電機より少し早いタイミングで300mm計画を進めていた。パワー半導体は、ウエハーの表面だけでなく裏面にも加工を行う関係で、200mmウエハーよりも厚みのある300mmウエハーではプロセス設計を大きく変更する必要がある。お互いの事業統合を検討するのであれば、300mmへの移行のタイミングがベストだったはずなのだ。300mmウエハーへの移行計画を持たない富士電機は別だが、東芝と三菱電機にとって、本気で再編を検討すべきだったのは、2021〜2022年当時ではなかったのか。
実際には検討があったのかもしれないが、今ごろになって「再編に前向き」といわれても、その本気度を疑うのは筆者だけではないだろう。というわけで、ロームの発案による「3社連合」の実現性は極めて低い、と筆者はみている。
以上が今回の一連の動きに対する筆者の見方である。結論が出るまでには数カ月の時間を要すると思われるが、パワー半導体業界では中国勢の台頭がすさまじく、政府の補助金を追い風にIGBT、MOSFET、SiCすべての製品分野において量産準備が進められている。パワー半導体はEVのキーデバイスである。過去にも中国政府はEVのキーデバイスであるリチウムイオン電池業界に多額の援助を行い、CATLやBYDなどのメーカーを育成してきた実績がある。そして10年間でリチウムイオン電池の単価は10分の1に下落した。パワー半導体でも全く同様のことが行われていることを考えると、その対抗策を早急に立てる必要があるだろう。しばらくは目が離せない状態が続きそうだ。
半導体業界の現状と見通しを解説する『大山レポート』を四半期ごとに発行しています。
2026年3月27日に、半導体企業68社の企業の真価を探るなどした最新版(No.7)を発刊しました。詳しくはこちらのWebサイトをご覧ください。
慶應義塾大学大学院にて管理工学を専攻し、工学修士号を取得。1985年に東京エレクトロン入社。セールスエンジニアを歴任し、1992年にデータクエスト(現ガートナー)に入社、半導体産業分析部でシニア・インダストリ・アナリストを歴任。
1996年にBZW証券(現バークレイズ証券)に入社、証券アナリストとして日立製作所、東芝、三菱電機、NEC、富士通、ニコン、アドバンテスト、東京エレクトロン、ソニー、パナソニック、シャープ、三洋電機などの調査・分析を担当。1997年にABNアムロ証券に入社、2001年にはリーマンブラザーズ証券に入社、やはり証券アナリストとして上述企業の調査・分析を継続。1999年、2000年には産業エレクトロニクス部門の日経アナリストランキング4位にランクされた。2004年に富士通に入社、電子デバイス部門・経営戦略室・主席部長として、半導体部門の分社化などに関与した。
2010年にアイサプライ(現Omdia)に入社、半導体および二次電池の調査・分析を担当した。
2017年に調査およびコンサルティングを主務とするグロスバーグ合同会社を設立、現在に至る。
EVに吹く逆風 デンソーの焦りとロームが求める勝機とは
ロームと東芝、半導体事業の提携強化へ「協議を継続中」
「世界2位」は実現するか、ローム、東芝、三菱電機とデンソーの選択は
ローム、パワー半導体製造でインドのタタと協業
NVIDIA製GPU搭載サーバのコスト/スペックを分析してみた
ヘリウム調達停止――AIブームを崩壊させる「見えない臨界点」(後編)Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
記事ランキング