メディア

エンジニアの生存戦略――手持ちの「不完全な道具」を使い倒して前進する:リタイア直前エンジニアの社会人大学漂流記(8-1)(1/5 ページ)

私にとって大学の講義は、「エンジニア/研究員として自分が貫きたい基本方針はこれなのだ」と、あらためて確認する機会にもなりました。それは「手持ちの“不完全な道具”を使って、どこまで前進できるか」ということです。

» 2026年10月05日 15時30分 公開
[江端智一,EE Times Japan]
リタイア直前エンジニアの社会人大学漂流記

3年間の休載を経て戻ってきました。休載していた理由は、私はリタイア(定年退職)間際だったにもかかわらず、「MAS(マルチエージェントシミュレーション)」を研究すべく、社会人のまま大学院博士課程に突っ込んでいったからです。なぜ“そんなこと”になったのか――。そして私をそこまでさせた「MAS」とは何なのか。社会人大学院生の実態を赤裸々に語りつつ、MASを技術的に深掘りしていきます。
⇒連載バックナンバーはこちらから

最近の大学生ってすごい

 私が在籍していた横浜国立大学の都市イノベーション学府の、「交通と都市研究室(Transportation and Urban Engineering Laboratory、略称"TUEL")は、毎週金曜日の午後に、全員(40人くらい)が集合して、6〜7人(日本語発表と英語発表が半分ずつ)で、自分の行っている研究のプレゼンテーション(全体ゼミ)を行っていました。

 ざっくり1.5カ月に1回は、その順番が回ってきます。海外留学生は英語発表で、日本人学生は2回に1回の割合で英語発表を行っていました。

 日本人学生の英語発表は、よく練習されていましたが、質疑応答では『相当に困っていた』というのが見てとれました ―― それでも、私は正直、『最近の大学生って、すごいな』って思っていましたよ、マジで。

 だって、30年前、私が大学院生(修士課程)だった時に、英語なんか1mmも使った記憶がありませんが、それでも卒業できましたよ。英語なんか、学会の全国大会の予稿集か、修士論文のアブストラクトに使ったくらいの記憶しかありません。

 スマートフォンが自動翻訳してくれるこの時代にあって、なお、英語からは逃げることはできないのだなという諦めと、それに対応している今の大学(院)生たちの力にも驚きました。

研究員やエンジニアは英語から逃げられないのか?

 ―― 結局のところ、私たち(特に研究員とかエンジニア)は英語から逃げられないのかな?

 逃げられないのであれば、せめて「なぜ逃げられないのか」くらいは、自分で納得できる理由をつけておきたい。そうでなければ、スマホが自動翻訳してくれる時代になっても、私たち研究員やエンジニアは、これからも英語を前にして、切ない思いを続けなければなりません。

■研究員やエンジニアは、自動翻訳だけでは質疑応答を乗り切れない

  • 論文を読んだり、発表原稿を作ったり、メールを書いたりする作業は、生成AIや翻訳アプリによって、かなり楽になりました。
  • ところが、学会や会議の質疑応答では、質問の意図をその場で理解し、即座に説明、補足、訂正、あるいは反論をしなければなりません。
  • 翻訳機は、言葉を別の言葉に変換してくれます。しかし、自分の研究を代わりに理解し、代わりに説明し、代わりに守ってくれるわけではありません。

■研究員やエンジニアに必要な英語力は、一般にイメージされる英語力とは違う

 これから研究員やエンジニアに求められる英語力は、学校教育でイメージされてきた「正しい英文を作る力」や、「流暢(りゅうちょう)に会話する力」とは、少し違うものになっていくと思います。

  • 英文を一から作る作業や、辞書を引きながら英文を読む作業は、生成AIによって、今後さらに減っていくでしょう。
  • 一方で、機械翻訳の性能が上がった結果、翻訳結果が本当に正しいのか、原文に立ち戻って確認する力が、以前よりも重要になっています。
  • AIが作った英文の中に、自分の意図と違う表現や、技術的に危険な断定が紛れ込んでいないかを見抜く必要もあります。
  • そして、質疑応答の場では、完璧な文章を組み立てる前に、とにかく相手の発言を止め、自分のターンを確保し、知っている英単語を並べながら説明を続けなければなりません。

 皮肉なことですが、AIによって英語が簡単になったのではありません。

 英語の「読み書き」の一部が簡単になった代わりに、英語をその場で監督し、修正し、乱暴に使い倒す能力が必要になってきたのです。

―― 研究員やエンジニアに必要なのは、「英語」ではない。
―― デタラメでも構わないから、英語、あるいは英単語を使って、説明を止めない技である。

 文法が崩れていてもいい。冠詞が抜けていてもいい。時制が怪しくてもいい。ホワイトボードを指し、数式を示し、単語を並べ、必要なら同じことを3回言い直して、とにかく自分の研究内容を相手に届ける。

 私たち研究員やエンジニアは今、「英語を話す時代」から、「英単語とAIを使ってセリフを捻り出す時代」に突入しつつあるのだと思います。



 「一生逃げられる」保証のある仕事というものがあるのかどうかは不明ですが、絶対的に強い意思を持ち、「英語など断じて使わない」という覚悟を貫けば、案外、逃げ切れるのかもしれません。

 例えば、私の二人の娘は「『日本人に英語が必須』というのは、日本の教育における最大の『陰謀論』だ。これまで英語から逃げ切ってみせたし、これからもスマホと一緒に逃げ続ける」と言い続け、それを自ら実証し、実践し続けています。

 私が見ている限り、今のところ、彼女たちは英語という追手を振り切って、順調に逃走を続けているようです。私は、引き続き彼女たちの逃走状況を観測し、その成否を皆さんにご報告していく予定です。

       1|2|3|4|5 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

特別協賛PR

RSSフィード

公式SNS

All material on this site Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
This site contains articles under license from AspenCore LLC.