全体ゼミのプレゼンでは、基本的に(既に連載でご紹介済みの)3人の先生が質問を行い、時間が残れば、学生からの質問を受けます。英語プレゼンの時の海外留学生からの質問が、なかなか厳しい内容のものであったことを覚えています。
私は、自分の作ったMASシミュレーションについて説明しました。
(A)実際の住民データを使ってエージェントを生成し、地域の中を移動させる。(B)従来の方法よりも計算時間を短縮できる。(C)さらに、実際の人口構成を反映できる。
会社(×大学)でこの説明をすれば、恐らく、「それで、どのくらい速くなったのですか」「何人まで動かせるのですか」「実際の案件に使えますか」という質問が出てくるところです。
ところが、その学生は、少し考えてから私にこう尋ねました。
「そのエージェントは、本当に住民なのですか?」
最初、私は、質問の意味がよく分かりませんでした。
江端:「本当の住民ではありません。住民の属性を反映した仮想的なエージェントです」
学生:「では、そのエージェントが実際の住民を表している、と言える根拠は何ですか?」江端:「エージェントに心理モデルを組み込み、さらに、年齢や性別、世帯構成などを、統計データに合わせています」
学生:「属性が同じなら、行動も同じになるのですか?」
江端:「もちろん、完全に同じになるとは考えていません。ただ、人口構成を反映しないモデルよりは、現実に近いと考えています」
学生:「“現実に近い”というのは、何と比較して判断するのですか?」
ここで私は、少し考え込みました。シミュレーションは動いていました。人口データも入っていました。地図の上では、何千人ものエージェントが、それらしく移動していました。
しかし、
――それらしく見えることと、現実に近いことは、同じではない
という事実を、その学生は、正面から問うていたのです。
江端:「では、あなたなら、どうやって確認しますか?」
学生:「観測データと比較します。ただし、全体の移動量が一致しただけでは十分ではありません。年齢別、地域別、移動目的別にも確認する必要があります。それでも一致しなかった場合は、モデルが間違っているのか、データに偏りがあるのか、それとも比較方法が悪いのかを考えます」
結局のところ、シミュレーションが現実をどこまで表わしているのかは、最後には現実世界との比較で確かめるしかありません。ただ、この優等生の解答でも、まだ足りないのです。そこで、今度は、私の方から学生に質問をしかけました。
江端:「では、何をもって正しいとするのが良いでしょう。『何と比較するのか、どこまで一致すれば十分なのか、一致しなかった場合、何を疑うのか』と問われれば、あなたならどう答えますか?」
学生:「なるべく多くの人に話を聞いたインタビューやアンケートの結果であれば、一定の根拠にはなると思います」
そこで私は、自作のMASについて説明しました。
私のシミュレータに登場する約1万8000人分のエージェントは、約2000人の住民アンケートの結果を基に、プログラムによって生成したものです。
江端:「今回、調査できたのは、アンケートに協力していただいた2000人だけです。協力しなかった人の考えや行動は、データには入っていません。この場合、私は、何を疑い、何をすればよいでしょうか?」
実際の人間のデータから作ったモデルであっても、そのデータが住民全体を正しく代表しているとは限りません。例えば、アンケートに積極的に回答する人と、回答しない人とでは、年齢、生活状況、地域への関心、外出頻度などが異なっている可能性があります。
つまり、現実のデータを使えば、自動的に現実的なシミュレーションになるわけではありません。入力した現実データに偏りがあれば、シミュレーションは、その偏りまで忠実に再現してしまいます。
しかし、現実の住民全員の移動データを取得できるのであれば、少なくとも、現在の人の流れを再現するためだけのシミュレーションは、ほとんど必要ありません。
ですが、コストや個人情報保護の問題があるため、一つの街、ましてや一つの国の住民全員を、完全に追跡することはできません。
つまり、シミュレーションを検証するための現実データについても、「何を確認するために使うのか」を考えず、そのまま正解として扱うことはできないのです。
実際、私も会社にスマートフォンの移動データ――最低価格でも1カ月分で100万円――を購入してもらい、シミュレーション結果との比較に使ってきました。しかし、今回のように狭い範囲の住民行動を確認したい場合には、これをそのまま「正解データ」とすることには躊躇(ちゅうちょ)がありました。
広域的な人流傾向を見るには有用であっても、対象地域を狭くすると利用できるサンプル数が限られます。また、取得対象となる利用者の構成や、データに施された補正なども考慮する必要があります。私が知りたい「この地域の住民が、どのように行動しているか」を検証するには、それだけで十分とは言い切れなかったのです。
江端:「その観測データが、現実をそのまま(AS IS)で示していると、どうやって立証しますか?」
学生:「――それは、ある程度の傾向が一致していれば……」
江端:「その『傾向』は、誰が、どの指標を使って決めるのですか?」
学生:「複数のデータと比較して……」
江端:「その複数のデータが、全て同じように偏っていたら? あるいは、それぞれが別の方向に偏っていたとして、その偏りの大きさを、どうやって見抜きますか?」
学生:「……」
江端:「観測データは、現実そのものではありません。取得できた人だけを、取得できた方法で、得られたデータに過ぎません」
学生:「では、何を信じればいいのですか?」
江端:「完全に正しいデータや、完全に正しいシミュレーション結果などという考え方を捨てることです。『正しいか』に照準を合わせるのではなく、『このシミュレーションで何を知りたいのか』にロックする。そして、必要であれば、シミュレーション以外の手段も、何でも使い倒す。MASは、現実世界を完全に再現するための道具ではありません。現実の一部を目的に応じて切り出し、『知りたいこと』を知るための、一つの手段にすぎない ―― 信じるべきは、この自分の腹のくくり方です」
私のMASの最大の強みは、現実の住民データからエージェントを作っていることです。そして、最大の弱みもまた、現実の住民データからエージェントを作っていることです。さらに、現実のデータを使うが故に、現実の不完全さから逃れることはできません。
物理現象も十分に面倒ですが、人間は、自分で考え、学習し、昨日までとは違う行動を始めます。これが、人間をシミュレーションすることの、始末の悪さなのです。
私の自作MASの弱みをぶちまけてしまいましたが、これは、人間を相手にする都市交通シミュレーション屋が「運命的に背負わされる呪い」のようなものだと、私(江端)は思っています――もちろん、この呪いの存在を認めないシミュレーション屋もいるでしょうが。
この程度の「返し」であれば、どうということはありませんが、問い返して学生を沈黙させたところで、議論に勝ったことにはなりません。黙らせたのは学生であって、私のMASの問題が解決されたわけではないからです。
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