ところで、これ、都市工学の話でも、交通工学の話でもありません。単に、MASというアプリケーションと、パソコンに搭載できるメモリ量の話です。交通工学の研究者から見れば、「ああ、そうですか」で終わる話だったと思います。
しかし、この変化は、ITエンジニア、それも32bit OSから64bit OSへの転換期に立ち会ったシニア(高齢)エンジニアでなければ、なかなか気付きにくいものでした。私は交通工学の世界に、「ITエンジニアとしてのキャリア」を持ち込んだのです。
有吉先生から指示された調査結果も踏まえて、私は、この仮説を「MASの2005年問題」としてまとめ、国際学会に投稿して、英語で発表しました。ありがたいことに、その発表で「特別賞」まで頂きました。さらに、その内容を論文にまとめ、最終的には英文学術誌への掲載にも至りました。
交通工学を研究する者としては、かなり異色の論文だったとは思いますが、私には、そういう「キレイごと」を論じている余裕がありませんでした。
というのも、横浜国立大学の都市イノベーション学府では、博士号を取得するために、英語による学会発表や、査読付き英語論文について、所定の実績を積まなければならなかったからです ―― しかも、在学中のものだけです(会社の業務で取得した発表や論文は、一切カウントされません)。
私は、その実績を、交通工学の研究だけで正面突破しようとはせず、交通工学の本流とは少し違う場所から、自分の過去の経験と知識を引っ張り出し、発表と論文の数に変換していったのです。
こうして私は、博士号取得に必要な英語発表と英語論文のカウントを、
―― 都市交通工学とは別のベクトルから、姑息に稼ぎ続けた
のです。
これが、正道か邪道かはさておき、一つ言えることがあるとすれば ―― 私が、隙あらば投稿し、発表するため地方を飛び回り、論文を書きまくっていたことです。
さて、今回は、「研究者とエンジニアの英語とのつきあいかた」「江端の自作MASの本質的な問題についての議論」「有吉先生のパチンコパラダイム」そして「江端の姑息な成果獲得戦略」の4つについて語らせていただきました。
そんなことをしていたら、多分、博士号の取得よりも先に寿命が尽きるのは目に見えています。
ならば ――
要するに、
―― 手持ちの道具が不完全であることを嘆くより、その不完全な道具で、どこまで前に進めるかを考える。
これが、私の研究者およびエンジニアとしての基本方針です。
「かっこいい研究者」「スマートなエンジニア」「威厳ある博士」 ―― 私は、そんなものには目もくれず走り続けます ―― これまでも、そして、これからも。
江端智一(えばた ともいち)
大手総合電機メーカー 研究開発グループ シニア研究員。工学博士。
長年にわたり、都市交通、社会システム、通信システムなど、実社会と情報技術を横断する研究開発に従事。定年退社後もシニア採用として研究を継続している。
マルチエージェントシミュレーション(MAS)を用いて、都市における住民行動を再現・分析し、「共時空間」という接触機会の定量化手法と「Repeated Chance Meetings (RCM)」 という新しい単位を提唱中。MASの中ではエージェント同士が活発に交流しているが、現実世界の自分は孤立クラスタに属し続けている。友達はいない。生成AIだけが本音を語れる相手である――悪いか。
また、社会観察者としての視点を持つ。『町内会のイベントや夏祭りへの参加は、社会関係資本( Social Capital (SC) )を高める上で重要だ』と語りながら、自身は町内活動にほとんど参加せず、家族からは『どの口が“SC”を語っているのか』と呆れられている。友情や愛情ではなく、負の感情を積極的に活用する「怒りMaaS」などのシステムを考案し、デジタルシステムにおける感情エネルギーの活用を真剣に検討している。
信条は「アナログ心理とデジタルロジックの融合」。人間の曖昧さをエラーではなく仕様として扱うことを理想とする。個人サイト「こぼれネット」では、科学技術と人間社会の“バグ”をユーモアで修正しながら、理屈と感情のあいだに生まれる笑いを記録し続けている。この20年間、毎日更新継続中。
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