今回のテーマは、第3次AI(人工知能)ブームを支えているといっても過言ではない花形選手、ニューラルネットワークです。ただしこのニューラルネットワーク、幾度もダイナミックな“手のひら返し”をされてきた、かわいそうなAI技術でもあるのです。
今、ちまたをにぎわせているAI(人工知能)。しかしAIは、特に新しい話題ではなく、何十年も前から隆盛と衰退を繰り返してきたテーマなのです。にもかかわらず、その実態は曖昧なまま……。本連載では、AIの栄枯盛衰を見てきた著者が、AIについてたっぷりと検証していきます。果たして”AIの彼方(かなた)”には、中堅主任研究員が夢見るような”知能”があるのでしょうか――。⇒連載バックナンバー
酒井順子さんのエッセイ集「負け犬の遠吠え」(初版2003年、講談社)は、『どんなに美人で仕事ができても、「30代以上、未婚、子ナシ」の女性は全て「負け犬」である』という内容で、世間に大反響を起こしました。
その当時、飲み会の席で、ある女性が「いわゆる『負け犬』でーす」と自己紹介した時に、私は、(本当に)頭が真っ白になりました。そして、その後になって、この本のことを知ったのです。
しかし、この『負け犬』という言葉が、セクハラ発言 ――「結婚しているの?」「おいくつ?」「お子さんは?」―― に対する、カウンターワードとして、女性に受け入れられていたことは事実です。
そして、その気持ちは、私にもよく分かるのです。
私たち、エンジニアや研究員にとって、人からされて一番困る質問は「これ」です ―― 江端さんってどんな仕事やっているですか?
「コンピュータ内部に、現実世界に対応する仮想オブジェクトを百万個オーダで発生させた上で、それを仮想世界における時間軸方向にシミュレーションして、双方のオブジェクトにとっての最適需要マッチングを行って、数万オブジェクトオーダでの調停を完了した後に、それを現実世界のオブジェクトにマッピングして、現実世界において……」
――という説明を、一体、どこの誰が理解できると思いますか?
これを「『AI』でーす」と言うだけですむのであれば、私は自分の信念 ―― "AIという技術は存在しない" ―― を一時的に忘れることができます。
実際のところ、コンピュータ、特に、ソフトウェア技術を説明することは、絶望的に難しいのです。パソコンもスマホも、もはや、完全にブラックボックス化しており、今や、その内容を理解できる人間も、ごく限られているという状況になっているからです。
企業も「『AI』やってます」と言うだけで足りますし、世間は「そうか、『AI』なのか」と、訳も分からずに納得します。つまり、『AI』という言葉は、関係者全員をラクにする思考停止のカウンターワードとして機能しているのです。
『負け犬』はカウンターワードとして機能しましたが、同時に、結婚に対する努力(?)を押し下げる効果もありました。
同じように『AI』もカウンターワードとして機能していますが、同時に、本気でAIを理解しよう/理解させようとする努力を押し下げる効果もあるのです ―― 事実、この連載を執筆している私自身が、疲れてきています。
これまで3回のAIブームがあり、それぞれのブームごとに、そのブームをけん引するAI技術というものがありました。以下の図は、それを簡単にまとめたものです。
第2次AIブームの時には「ニューロ・ファジィ」と一フレーズで発音する言葉が、パワーワードでした(ニューロとファジィは、全く性質の異なる別の技術です)。
エンジニアや研究者には、自分の好きな技術というのがあります。私にとって、その1つが「ファジィ」です(関連記事:「「サンマとサバ」をファジィ推論で見分けよ! 史上最大のミッションに挑む」)。
「ファジィ」は最高でした。
PIDのパラメータ設定とか、現代制御理論の極値計算とか、そういう面倒な考え方を、全部スキップして、言語レベルでルールを記載して重みを付けていれば、矛盾ルールすらも無視して、簡単な計算方法(min-max法とかマムダニ法とか)で、―― とにかく動く。「ラク」の一択で、私はホレてしまいました。
比して「ニューロ」は最悪でした。
まず設計方針(ニューロン数、層数)がなく、どの程度のニューラルネットワークを構築すれば、どんな効果が現われるのか、事前に全く予想ができず、学習データも事前に手を入れておかなければ学習が完了せず、手を入れても、なお、学習が完了しないことがあり、学習が完了したからといって、実データで妥当な解が出てくる保証もなく、―― とにかく動かない。
この連載に至るまでの、私のAIに対する決定的な不信感は、「ニューラルネットワークが作った」と言っても過言ではありません。
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