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» 2008年05月02日 14時34分 公開

抵抗、コンデンサ、インダクタに次ぐ「第4の受動素子」をHP社が実現電子部品

[R. Colin Johnson,EE Times]

 電子回路理論におけるミッシング・リンク――その存在を指摘されつつも、実現されていなかった回路素子「メモリスタ(memristor)」。抵抗、コンデンサ、インダクタに続く、「第4の受動素子」である。その製造に、米Hewlett Packard社の研究部門であるHP Labsが初めて成功した。

 メモリスタの存在は、1971年に米University of California, Berkeleyの教授であるLeon Chua氏が「IEEE Transactions on Circuit Theory」で発表した論文において指摘されていた。ただし実際に素子として製造されたのは、今回のHP社の成果が世界初である。同社シニア・フェローのR. Stanley Williams氏が率いる研究チームが実現した。Chua氏とWilliams氏によれば、「エレクトロニクスのすべての教科書を、メモリスタの実現が電子回路理論にもたらす新たなパラダイムを取り込むために、改訂する必要があるだろう」という。

 メモリスタの存在を予見したChua氏は、「私が置かれている状況は、ロシアの化学者で1869年に周期律表を作成したドミトリ・メンデレーエフに近い」と言う。「メンデレーエフは、周期律表の中で空欄になっている部分に当てはまるような、未知の元素が実際に存在するはずだと考えていた。現在では、こうした元素はすべて発見されている。これと同様にHP社のWilliams氏は、メモリスタが実際に動作する素子として存在することを発見したのである」(同氏)。

図 メモリスタは、通過した電荷量に応じて抵抗値が変化する素子である。この画像は、17個のメモリスタを並べて集積したチップを、原子間力顕微鏡で撮影したもの。各メモリスタの幅は50nm。出典:米HP Labs

 Chua氏は1971年に発表した論文の中で、抵抗とコンデンサ、インダクタに続く第4の回路要素が存在することを数学的に推定した。この素子を同氏はメモリスタと呼んだ。抵抗値を変化させることで、その素子を通過する電流の変化を「メモリー(記憶)」する特性を備えているからだ。今回HP社が実現したメモリスタは、二酸化チタン(TiO2)の薄膜を利用して作成されており、電流が通過すると抵抗値が変化する。

 「この新たな回路素子は、電子回路が現在抱える数多くの課題を解決する手段になるだろう。メモリスタは形状を小さくすればするほど、特性が向上するからだ」とChua氏は言う。「メモリスタは、微細化によるリーク電流の増大が問題になっているトランジスタとは異なり、微細化を進めても無駄な消費電力による発熱の問題は生じない。従ってメモリスタを使えば、形状が極めて小さいナノスケールの回路を作成できるようになるだろう」(同氏)。

 すでにHP社は、超高密度クロスバー・スイッチに適用することを目指して、メモリスタの評価を進めている。ナノワイヤーを利用したクロスバー・スイッチで、100Gビットの情報を1枚のチップに記録できるようになるという。現在のフラッシュ・メモリー・チップは、最も高い記録密度でもチップ当たり16Gビットにとどまる。「当社は何年もの間、1000億個のクロスバーを1cm2の面積に集積する超高密度クロスバー・スイッチの実現に向けて、最良の技術を探し続けてきた。そしてついに、メモリスタこそが理想的な技術だという結論に達した」(HP LabsのWilliams氏)。

 Chua氏は、1971年の論文発表以降37年もの間、メモリスタが実現されなかった理由について、「これまで知られていた電子回路理論には、ある誤解があった」と述べる。その誤解とは、受動回路の基本的原理は電圧と電荷の関係であるという考え方だ。しかしChua氏とWilliams氏によれば、「実際には、電圧の変化と電荷の関係、すなわち磁束と電荷の関係が基本的原理である。この知見によって、HP社はメモリスタを実現できた」という。

 「これまでは、電圧と電荷という2つの物理量の関係性に基づいて電子回路理論を構築していたが、これは誤りだった。電子回路理論が見落としていたのは、組み合わせるべき物理量が磁束と電荷であるということだ」とChua氏は主張する。「この状況は、『アリストテレスの運動論』に似ている。古代ギリシャの哲学者であるアリストテレスは、力は速度に比例するとしたが、後世になってこれが誤りであることが明らかになった。アイザック・ニュートンがアリストテレスの運動論は誤った物理量に基づいていると指摘するまで、2000年もの間、人々はこれを正しいと思い込んでいたのである。ニュートンは、力は加速度に比例すると指摘した。加速度とは、すなわち速度の変化率である。これはまさに現在の電子回路理論と同じ状況だ。電子回路理論の教科書はこれまで、つじつまの合わない現象を例外だと弁明しながら、電圧と電荷という誤った組み合わせの物理量の関係性に基づいて論じてきた。教科書が伝えるべきだったのは、磁束と電荷の関係に基づく回路理論である」(同氏)。

 HP社は数年前に、Chua氏を招き、その理論に関する講演会を開催していた。しかし同社はその時点では、メモリスタの実現に取り組んでいることをChua氏に明かしていなかったという。同社のWilliams氏によれば、今回の発表のわずか2週間前になって、初めてChua氏に、磁束と電荷の関係性に着目することでメモリスタを実現したことを伝えたという。

 メモリスタの動作原理は、ヒステリシス現象にある。「オン」から「オフ」、もしくは「オフ」から「オン」といた具合に、ある状態からもう1つの状態に切り替わる際に、変化速度が増す。Chua氏とWilliams氏によれば、ヒステリシス現象は受動回路の基本的な特性であるにもかかわらず、電流回路理論においては例外として扱われてきたという。「ヒステリシス現象は、第4の受動素子、すなわちメモリスタの存在を証明するものである。Williams氏は、この現象を従来の理論で説明できないことに着目し、何か見落としがあるはずだと気付いたのだ」(Chua氏)。

 例えば、二酸化チタンに酸素を近づけると、抵抗値が変化するという現象そのものはこれまでも知られていた。この現象を利用したのが二酸化チタン酸素センサーである。しかし、このような現象がなぜ生じるのかは説明できなかった。「ヒステリシス現象が生じていることは、特性カーブを測定することで確認されていた。しかし発生原理を説明することができなかったので、最も簡単な応用であるセンサーしか作成できなかった」とChua氏は言う。「しかしHP社の成果によって今、この原理が明らかになった。従って、ヒステリシス現象を利用してさまざまなタイプの新しい回路を設計できるようになる」(同氏)。

 メモリスタは、メモリー特性を備えた非線形の抵抗器として振る舞う。Chua氏とWilliams氏によれば、小型でエネルギ効率の高いメモリー・チップを実現する手段になるとする。さらにメモリー・チップにとどまらず、かつては想像すらされなかったような新しいチップを実現する可能性も秘めると主張する。

 HP社が製造した世界初のメモリスタは、二酸化チタンの薄膜を2層使ったサンドイッチ構造を採る。薄膜の結晶構造を変化させることで、メモリーとして機能させることが可能だとする。素子中の原子の動きを、素子を流れる電子の動きに対応させて、結晶構造を変化させるという。素子を構成する下側の薄膜は、チタン原子と酸素原子が規則的な格子配列で並んでおり、特性の良い絶縁膜として機能する。一方で上側の薄膜は、酸素の空格子点を形成することで導電性を持たせた。空格子点が多ければ多いほど、導電性が高まる。

 サンドイッチ状に重ねた2層の二酸化チタン薄膜の上下にナノワイヤーのクロスバーを配置することで、電荷が材料中を通過できるという。Williams氏によれば、「当社は、二酸化チタン酸素センサーの動作原理を調査することで、メモリスタを実現する方法を見いだした」という。すなわち、酸素の空格子点を材料中で移動させるという手法である。具体的には、「薄膜をサンドイッチ状に重ねた構造の素子に電流を流すことで、空格子点をもともと存在している層から、当初はそれらが存在していない層へと移動させられる。この結果、素子の抵抗値を1000もしくはそれを超えるような比率で変化させることが可能だ。こうしてメモリスタを『オン』に切り替えてから、電流を反転させれば、空格子点がもともと存在していた層に戻るため、メモリスタを『オフ』に切り替えられる」(同氏)。

 Chua氏が予見していた通り、HP社はすでに、クロスバー・スイッチ・アーキテクチャに基づく新しいタイプのチップを検討している。それは単なるメモリー・チップを超えるものだ。「作成したメモリスタは、大きな電流を短時間で印加すれば、デジタル素子のように振る舞う。しかし、小さな電流を長時間かけて印加すれば、アナログ素子のような挙動を示す」とWilliams氏は言う。「当社はすでに、クロスバー・スイッチ・アーキテクチャに基づくデジタル処理向けとアナログ処理向けの両方について、新たなタイプの回路の設計を進めている。アナログ処理向けでは、人間の脳内にあるシナプスに近い仕組みで動作する回路を実現したい。すなわち、何かが別の何かより大きいか小さいかの比較に基づく判断によってコントロール機能を実行する、ニューロンのようなアナログ計算機である」(同氏)。

 HP社は、2008年の後半以降、メモリスタを適用したクロスバー・スイッチ・アーキテクチャに基づくさまざまなタイプのチップについて、順次詳細を公表するという。「メモリスタは、単に既存のメモリー・チップを置き換える技術ではない。これまでは誰も考えもしなかったような、あらゆるタイプの新しいチップを作り出すために使われるだろう」とWilliams氏は述べている。

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