画素寸法を小さくしたい。しかし画質は損ないたくない。そんな相矛盾する要求は、障害物レースの中で、高いハードルに相当する。レースの内容はデジタル画像装置の小型化。少なくとも6社がレースに参加している。CMOSイメージ・センサーで首位に立つのは米OmniVision(オムニビジョン)Technologies社だ。「BSI(BackSide Illumination)技術」を用いた新しい設計により、一歩リードしたと同社は主張する。同社は台湾TSMC社(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company)と共同で製造プロセスの微調整(process tweaks)をなしとげ、画質改善と、画素寸法の0.9μmへの縮小という2つの課題を両立した。新しいBSI技術「OmniBSI」を用いた800万画素のCMOSイメージ・センサーを、2008年6月にはサンプル出荷できるという。
しかし2008年5月27日のプレス・リリースで「従来型とは根本的に異なるアプローチを採用した斬新なセンサー設計技術」と表現したのは、誇張に近い。BSI技術はOmniVision社だけのものではないし、ライバル各社も実際にかなりのことを手がけているからだ。BSI技術自体には新規性がない。インターネットでざっと検索しただけでも、競合他社が既に取得した関連特許がいくつか見つかる。米Micron Technology社の米国特許6429036(Backside illumination of CMOS image sensor)、韓国MagnaChip Semiconductor社の米国特許20070152250(CMOS image sensor with backside illumination and method for manufacturing the same)、TSMC社の米国特許20080044984 (Methods of avoiding wafer breakage during manufacture of backside illuminated image sensors)などだ。
公正を期すと、OmniVision社のプロダクト・マーケティング・マネージャのMichael Hepp氏は米EE Times誌の取材に対し、BSIという概念は20年以上にわたって広く研究されてきたことを、即座に認めた。「われわれが初めてBSIを、科学的プロジェクトから工学的プロセスへと発展させ、大量生産を実現した」(Hepp氏)。
BSIのコンセプトは簡単だ。CMOSイメージ・センサーは、画素ごとに到達した光子をフォトダイオードなどで電荷に変換し、二次元状に配列されたトランジスタに貯め、さらに画素ごとに増幅する。読み出し時には1画素単位で選択できる。BSIではセンサーに対して、シリコン・ダイの表側方向からでなく、裏側方向から光信号を取り込む。金属配線層や誘電層など光子の損失をもらたす要因を取り除くことができる。画素の有効面積も広くなる。その効果としては、光の吸収率や感度の改善、積層の数が減ることによるカメラ・モジュールの薄型化、F値(レンズの明るさ)の改善、画素間のクロストークの削減、などが挙げられる。米iSuppli社調査員のAnu Pokharna氏は、「BSI技術はCCD業界でも、特に宇宙計画や天文学、自然科学用途などハイエンドの機器向けに、数年以上前から話題になっている。きわめて高いセンサー性能が必要な時に使われる」と述べる。しかしコスト差が2〜3倍以上あるため、一般消費者向け市場には下りていかなかった。
米Future Image社シニア・アナリストのTony Henning氏は、BSIの特許はMicron Technology社が2000年に出願済みだと指摘する。「コンセプトとしては、BSIは何年も前から周知の事実かもしれない。しかしそれを何億画素という単位で実際に動かし、品質を維持し、安い製造コストで仕上げるのは、材料や製造プロセスの改良をいろいろと組み合わせなければならず、完璧に仕上げるには何年もかかるだろう。OmniVision社によれば、2年以上にわたってTSMC社と共同でその課題に取り組んできたという」(同氏)。とはいえ、両社が共同で本当のところどんな技術を開発したのかは、謎のままだ。OmniVision社幹部は、技術に関しても事業展開に関しても、具体的なことを語ろうとしない。例えば新しい技術は、TSMC製以外のCMOSセンサーに対しても使えるのだろうか。何も情報がない。
OmniVision社のHepp氏は、両社がなしとげたのは、新しいプロセス技術というよりは、「プロセスの微調整」だと説明する。例えば「シリコンの研磨による薄膜化」(余分な光子の吸収を防ぐためには通常のシリコン・ウエーハより薄くなければならない)や「使用ツールの最適化」などだ。Future Imaging社のHenning氏は、OmniVision社はもはや、社外の誰にも詳細を明かさないだろう、と述べた。「要するにあとは商品化に向けて細かい改良を積み重ねていくだけだ。しかし賭けてもいいが、特許そのほかの知的所有権保護の対象にならない微調整はたくさんあり、理論上、資金を投入し、時間をかけようとする企業にとっては誰でも使えるはずだ。それを防ぐためにOmniVision社は、具体的なことに口を閉ざしているのに違いない」(同氏)。
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