携帯電話機の充電がわずか数秒で完了――。米Massachusetts Institute of Technology(MIT)の研究者らが開発したリチウムイオン2次電池の超急速充電技術によって、これが現実になるかもしれない。
同大学によれば、リチウムイオン2次電池の電極材料として従来から使われているリン酸鉄リチウムの表面にナノスケールの微小な溝を形成することで、充電速度を最大36倍まで高められる可能性があるという。これまでリチウムイオン2次電池の充電に1セル当たり6分以上かかっていたが、この技術を採用すればわずか10秒まで短縮できることになる。
しかも、この新技術を適用したリチウムイオン2次電池は、エネルギの放出(放電)速度も高い。従って例えば、電気自動車やハイブリッド自動車で、ガソリン・エンジンに匹敵する加速を実現できる。
MITによれば、この技術は既存のリチウムイオン2次電池に適用でき、導入が容易という利点があり、早ければ2年以内に商用化される見込みである。MITは同技術の特許を出願済みで、すでに2社に対してこの技術をライセンス供与する契約を結んだという。
今回の研究を主導したのは、MITでMaterials Science and Engineeringの教授を務めるGerbrand Ceder氏である。同教授の下で研究に取り組む博士課程所属のByoungwoo Kang氏は、「リン酸鉄リチウムは内部につながるトンネルを有しており、そのトンネルを介してイオンを高速で輸送している。われわれが新たに開発した表面構造によって、リチウムイオンはこのバルク材料の周りを高速で移動できるようになり、トンネルに到達するのに要する時間が短くなる」と説明する。
かつて科学者たちは、リチウムイオン2次電池の充放電速度が遅い理由は、単にリチウムイオンと電子が電荷を電極間にわたって非常にゆっくりとしか移動させられないからだと考えていた。ところがCeder教授が約5年前、電池材料としてよく知られたリン酸鉄リチウムの特性をコンピュータでシミュレーションしていたところ、イオン輸送の速度は従来考えられていたよりもはるかに高いはずだという結果が得られた。さらにシミュレーション結果を分析してみると、このバルク材料の表面には、内部につながるトンネルが限られた数しか存在しないことが分かった。
その後、数年にわたって実験を重ねた結果、Ceder教授とKang氏は、リン酸鉄リチウムの表面に溝状の構造を5nm間隔で形成することで、この問題を軽減できることを発見した。そして今回、同技術によってイオン輸送の速度を最大36倍まで高められることを確認した。
「われわれが開発した表面処理技術を使えば、リチウムイオン2次電池の充電時間がイオン輸送の速度に制限されなくなる。従来に比べて充電時間を短縮できるだけでなく、放電速度も高められる」とKang氏は述べている。
同大学によれば、携帯電話機などの小型機器に搭載するリチウムイオン2次電池であれば、同技術を採用すればわずか数秒で充電が完了するという。また同技術によって、電気自動車でもガソリン自動車と同程度の加速が可能になるとしている。
MITは今回の表面処理技術をリチウムイオン2次電池の既存の製造ラインに2年以内に統合できるとみており、実用化がそれほど遠い未来ではないことから、「電気自動車向けの家庭用充電器は、この高速充電技術に対応すべく、設計の見直しを迫られる可能性もある」という。ただしKang氏は、「電気自動車の場合、家庭における充電時間は電池そのものによって決まるのではなく、むしろ各家庭にどの程度の電力を供給できるかに左右されるだろう」とも指摘している。
同大学によるこれまでの実験結果では、リン酸鉄リチウムにナノスケールの表面処理を施しても、従来のバルク材料と同程度の寿命を得られることが分かっている。すなわち、電池を劣化させることなく、繰り返し高速の充放電が可能だという。
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