最短経路や道路状況を常時表示するカーナビゲーションシステム。今後はナビゲーションシステム自体が主体的に車を制御するよう変化していく。市場が興隆し始めた電気自動車に加え、車に求められるプロセッサとソフトウエアについて、自動車用半導体事業に取り組む村松菊男氏に聞いた。
EE Times Japan(EETJ) 2009年から2010年にかけて自動車メーカー各社から電気自動車が発売される予定だ。電気自動車用プロセッサには何が求められるのか。
村松氏 電気自動車では動力源が全てモーターになる。エンジンが存在しないからだ。そこで、複数のモーターを搭載し、それらを制御する各種マイコンが大量に必要になる。サーボ機構のためのモーター制御用プロセッサと、モーターの状況を把握するセンサーインタフェースが必要だ。当社ではもともと産業用だが、インバータ用のマイコンを開発、生産しており、プロセッサだけでなく周辺のタイマー類や、モーター制御に適した技術を持っている。これに自動車用のモーター制御に向けた技術とセンサー技術を加えていく。当社のハイブリッドカー向けモーター制御用プロセッサは、すでに自動車メーカーに採用されている。
EETJ モーター制御はどのように進化していくのか。
村松氏 ちょうど飛行機の制御が油圧からFly-by-wireに変わったときに起こったことと似ている。モーターの採用が進むに連れ、制御系に質的な変化が起こる。最初の自動車用パワーステアリングは油圧を用いていた。現在はモーターを使った電動パワーステアリングが使われている。さらにこれが、モーターだけで本当にかじを切るようになる。さらにはナビゲーション技術と結びつく。ナビゲーションが地図上の現在位置や道路状況を監視し、例えば道路が右の方に強く曲がっていた場合、運転者の認識が不足していてステアリング(ハンドル)の切り方が甘い場合、車が能動的にステアリングを切るようになる。似たような機能は実はすでに採用されている。例えば、車がスリップしそうなときにそれを押さえる仕組みがシャシー制御として取り込まれている。これまでは制御とナビゲーション(インフォメーション)が分かれていたが、今後「統合制御」として一体化する。特に人間に任せていると事故を起こしてしまう場面では、自動制御する方向に進んでいくだろう。
EETJ そのような動きが具体化する時期はいつか。
村松氏 自動的にステアリングを切る機能を実装するかどうかは自動車メーカーの判断にはなるが、2014年モデルに間に合うよう各社がいろいろと考えている。自動車メーカーからの要求に応じて開発中だ。私は20年前からナビゲーション関連の研究開発に携わっていたが、当初から自動操舵が議論されていた。国の方針もそこにあった。当時は基盤となる技術がさまざまな分野で足りなかったが、とうとう実現できるところまで来ている。驚くべきことだ。
EETJ ナビゲーションが高度化したとき、今のプロセッサの処理能力で十分なのか。
村松氏 不足する。プロセッサの動作周波数を上げるばかりではなく、並列処理を利用できるようデュアルコア品を用意した。
しかし、まだ足りない。なぜなら自動車メーカー各社が車両協調制御や、走行アシスト機能の実装を望んでいるからだ。前方の車と同じ速度で走ることはもちろん、標識や道路標示の白線、路側帯を認識する。ふらふらした走行を検出するとアラームを出す他、先ほどのようにステアリングをクルマが切る、という方向に行きつつある。このようなことを実現するにはカメラを装備し、画像認識を可能にしなければならない。さらに人間の能力を補う用途もある。吹雪いているときは前が見えないし、霧が出ているときや夜間には人の視覚には頼れない。高齢者支援も必要だ。
このように扱う情報が増えて行くに連れ、現在ダッシュボードにある個別の機器は、フラットパネルディスプレイ上にGUIで表示するようになる。ナビゲーション用の地図情報とともに、カメラで撮影した映像も常にディスプレイ上に表示する。必要に応じて後方カメラの映像も表示するようになる。こうなると汎用プロセッサだけでは処理性能が不足するため、画像認識用のIPをマイクロプロセッサコアと組み合わせたSoCも開発した。
EETJ 自動走行用の画像認識は本当に実現できるのか。
村松氏 実現できるが、難しい。例えば、道路標示の白線1つとってみても日本とアメリカでは特徴が異なる。白線がこすれて消えている場合は補完技術が必要になる。白線上を別の車が走っているかもしれないなど、次々と想定していなかったパターンが現れる。ノウハウとしてため込んでいかないといけない。
これはDVD再生装置の開発と似ている。当社はDVD用の回路も作っており、映像会社からDVDビデオが発売されるたびにそれら全てを取り寄せて調べている。想定していなかったデータ列を処理しようとしたときに、予期せぬ動作をしてしまうことがあるからだ。このため全てを電気回路で実装するのではなく、一部分をソフトウエアで処理するように設計しており、新しいDVDが発売されるたびにチューニングし直している。画像関連はこういうことがある。
森羅万象を認識することは当然できない。自動車メーカーが求める画像認識対象は最低でも3種類以上ある。具体的には標識のように止まっているもの、自車と同等の速度で動くもの、道路を横切ろうとするものだ。実際にはさらに複雑だ。
運転時の状況によっても認識すべき対象は変わる。例えば道路を横切るものの検出は、交差点で信号待ちしているときはあまり必要ではないだろう。他車が車線を変更しようとしているのかどうか、自車が車線変更可能な状況にあるのかといった情報も取りたい。当然、サイドカメラを活用することになる。カメラで撮影した映像が仮に同じであっても、実際の走行状況に応じて判断し分けなければならない。画像の認識と走行状況に応じて判断するフェーズに向けて、それぞれ異なるソフトウエアが必要になる。
EETJ 自動運転が可能な車は、現在の車と何が違うのか。
村松氏 あえて安定性から離れた車体設計というものがあり得る。例えば現在の車の後輪は安定性を高めるため、平行ではなく内側に少し寝かした構造を採っている。ところがカーブをうまく曲がることとか、燃費を考えると平行にするか、下側を狭めた構造が良い。すると安定性が損なわれるが、電子技術を使って制御できる。
さらに複雑な制御を試みると、従来のような幾つかの制御パターンをあらかじめ用意しておき、その中から状況に応じて選ぶ方法ではうまくいかない場合がある。そこで、今後はモデル制御を使う。車全体のモデルをコンピュータの中に収め、センサーから得た情報を基に、モデルの振る舞いを計算し、モデルが危険な動作を示さないように逆の方向に補正を加えるというやり方だ。そのような意味で高い処理性能が制御側では求められるようになってきた。
現在利用されているエンジンでは、燃焼モデルを用いた制御が実用化されている。このようなモデル制御が車全体に広がっていくだろう。モデル制御を使えば、左側のタイヤだけがスリップしたり、パンクしたりという場合でも制御しやすくなるからだ。
村松 菊男(むらまつ きくお)氏
1979年3月、同志社大学大学院工学研究科電気工学専攻修士課程修了。同年4月、三菱電機(北伊丹製作所)入社。同社半導体事業部第三開発部および三菱電機セミコンダクタにて、マイクロコンピュータ企画および応用システム開発に従事。1986年より半導体事業部システム開発部にて、自動車用半導体事業の立ち上げと、製品の企画開発を手掛ける。2000年9月、半導体事業部システムLSI統括部第一部長。2001年9月、システムLSI統括部基礎開発部長。2003年4月、ルネサス テクノロジSOC統括本部システム技術統括部IP開発部長。2009年1月より現職。
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