前回はエミッタ接地回路の温度特性の改善方法を紹介しました。温度変化に対して安定した特性を得られたので、これで良しとしたいところですが、まだ検討しなければならないことがあります。それは、トランジスタの個性、すなわち「製造ばらつき」への対策です。
前回はエミッタ接地回路の温度特性の改善方法を紹介しました。温度変化に対して安定した特性を得られたので、これで良しとしたいところですが、まだ検討しなければならないことがあります。それは、トランジスタの個性、すなわち「製造ばらつき」への対策です。特性がまったく同じトランジスタは製造できないので、特性が異なることをあらかじめ考慮に入れて増幅回路を設計する必要があるのです。
エミッタ接地回路において、最も考慮しなければならないのは、トランジスタの増幅率β(コレクタ電流/ベース電流)のばらつきです。通常、標準値の1/2〜2倍の範囲でばらつき、例えば「2SC2688」という型番のトランジスタのβの範囲は、40〜250です。
具体的に、βのばらつきはどのような悪影響を引き起こすのでしょうか。図1に、前回設計したエミッタ接地回路の入出力特性を示しました。βは40と100、250の3パターンです。β=250のトランジスタを使ったときには、出力信号の波形が歪んでしまうことが分かります。これでは、10mVppの入力を1Vppに増幅して出力するという当初の目標が達成できません。
βのばらつき対策の基本的な指針は、ばらつきに起因するコレクタ電流の変化を極力抑えることです。図1の出力信号を見ると、βのばらつきに対してコレクタのバイアス電圧(直流成分)が大きく変化しています。βがばらついてもコレクタ電流の変化を抑えられれば、増幅特性は安定します。
前回説明したように温度変化に対してはベース抵抗を調整しました。この抵抗はベース電流の変化を抑える効果がありますが、βのばらつきにはあまり効果はありません。それは、βがばらついてもベース電流があまり変化しないので、ベースではβがばらついてコレクタ電流が大きく変化してしまっていることに気付かないからなのです。つまり、βがばらついたことが分かる(検出できる)場所で対策をしないと効果がありません。
βがばらついたことが分かる場所ですぐに浮かぶのは、コレクタまたはエミッタなのですが、コレクタ抵抗は利得を決めた時に100Ωと設定したので変更が難しいです。そうなると残るは、エミッタということになります(図2)。
エミッタに抵抗を入れると、コレクタ電流の変動に対してどのような効果があるのか、以下に簡単に説明しましょう。例えば、標準値に比べてβが大きいトランジスタを使ったと仮定します。βが大きいと、Ic=β×Ibの関係からコレクタ電流(すなわち、エミッタ電流)が増大します。エミッタ抵抗を挿入した場合、エミッタ抵抗の電圧降下はIcが大きくなるほど大きくなり、ベース-エミッタ間電圧(Vbe)が小さくなります。エミッタ端子の電圧が押し上げられたようにイメージすると分かりやすいでしょう。Vbeが小さくなった結果、本連載第7回(2009年5月号)の図4に示したVbe-Ic特性から分かるように、コレクタ電流(エミッタ電流)が小さくなります。
すなわちエミッタ抵抗を入れることで、βの増大に対してはコレクタ電流を抑制し、逆にβの減少に対してはコレクタ電流を増やす効果が得られます。言葉を変えると、コレクタ電流の変化に対して負帰還を掛けた効果を生み、その結果、βのばらつきに対する特性変化を抑えていることになります。
エミッタ抵抗の値は、20Ωと設定しました。この値は大き過ぎてもいけません。エミッタ抵抗を大きくすると、βのばらつきに対する安定度は増しますが、出力最大振幅を出力できなくなります。つまり、入力信号が大きくなったとき、出力信号がひずんでしまいます。
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