「産業機器の市場は、今まさにイノベーション期に突入している」――。アナログ半導体の大手ベンダーである米Linear Technology(リニアテクノロジー)社でCEO(最高経営責任者)を務めるLothar Maier氏はこのように指摘する。一般に、産業機器の市場は製品のライフサイクルが長く、IT機器や民生機器の市場に比べるとイノベーションの頻度も低く見られがちだ。同氏が指摘する産業機器分野のイノベーションとは何か。それに向けた同社の製品戦略は。同氏が来日した機会に聞いた。
EE Times Japan(EETJ) エレクトロニクス業界における大きなトレンドの1つとして、「産業機器の市場がイノベーション期に突入した」ことを挙げている。具体的に教えてほしい。
Maier氏 テスト機器からセキュリティ機器、医療機器など、さまざまな分野の産業機器が「ポータブル化」にまい進し始めたことが大きな要因の1つである。以前は大型で容易に移動させることができなかった機器を持ち運べるように小型化すれば、機器の利用方法が大きく変わる。特に医療機器の業界でポータブル化の取り組みが活発だ。かつては医療機器が据え付けてあるところに患者を運び込んでいた。ポータブル化によって、患者のいる場所へ医療機器を持っていけるようにするわけだ。
EETJ そうした重要度の高い産業機器の市場に向けて、どのような製品を提供していくのか。
Maier氏 産業機器のポータブル化を実現するには、機器全体の電力効率を高めて消費電力を低減し、バッテリ(二次電池)で動作できるようにする必要がある。さらに、小さい筐体で所要の性能を達成しなければならない。すなわち、当社が手掛ける電力変換やアナログ信号処理の領域でも、電力効率を高めるとともに実装容積を削減する取り組みが不可欠だ。
電力効率については、当社は創業時から「効率が高く、熱管理が容易で、消費電流が小さい」ことを製品の特徴にしており、今後もそれは変わらない。例えば効率を高めるために、回路設計や回路構成(トポロジ)を工夫することはもちろん、必要であれば特定の製品に向けて半導体製造プロセスを最適化している。これは当社が自前で半導体製造ラインを所有しており、製品ごとにそれを最適化するノウハウを創業時から時間をかけて培ってきたからこそ可能である。
実装容積の削減については、モジュール製品を提供している。当社が開発したICと他社から調達した受動部品を組み合わせてパッケージに封止したモジュールだ。DC-DCコンバータモジュールを皮切りに、無線信号の受信用にアナログ信号の振幅などを調整するシグナルコンディショニング処理とA-D変換処理の機能をまとめたモジュールや、絶縁機能を搭載したRS485/RS422インタフェースモジュールなどを製品化している。これらのモジュール製品はパッケージ内で複数のICをベアチップの状態で実装しているので、個別に封止された複数のICを機器メーカーがプリント基板上で組み合わせる場合に比べて、同等の機能でも実装容積を大幅に削減できる。
EETJ モジュール製品は、機器メーカーにとっては単機能のICを自前で組み合わせる場合に比べて価格が割高になってしまうはずだ。なぜユーザーである機器メーカーに受け入れられているのか。
Maier氏 まず、先に述べたように実装容積を削減できるというメリットが大きい。産業機器ではないが、車載分野の事例で特に実装容積の削減を理由としてモジュール製品の採用を決めた顧客企業がある。
次に、アナログ回路の設計ノウハウが十分に蓄積されていないユーザーでも、「購入して、プリント基板に載せれば、所定の機能と性能が得られる」ことが大きな魅力である。モジュール製品は、あるまとまった機能がパッケージ内で完成されており、性能も保証されているからだ。興味深いことに、実際に当社のモジュール製品を早い時期から採用している顧客には、売り上げの規模が小規模から中規模で、アナログエンジニアリングの経験が比較的少ないという企業が多い。もちろん大規模な企業にも採用されている。ただ、自社で機能的には同等のアナログ回路を組めるという企業であっても、前述の通り当社のモジュール製品ほど小型化することはできないし、実装容積の制約がない場合でも、モジュール製品を採用すれば自社設計に要する期間を短縮できるので、市場投入時期を早められるというメリットがある。
EETJ モジュール製品以外で、最近投入した特徴的な製品があれば教えてほしい。
Maier氏 エネルギハーベスト(環境発電)向け電源ICがある。わずか20mVと低い入力電圧で動作する昇圧型DC-DCコンバータICである。熱電素子を利用した発電機構(TEG:Thermo-Electric Generator)や、圧電素子、小型太陽電池などが出力する低電圧を入力として、マイコンや無線送信回路、センサーなどを駆動するための電源電圧を生成可能だ。当社としてはエネルギハーベスト向けの最初の製品であり、TEGの出力で動作する電源ICとしては業界初となる。バッテリの交換が設置場所や安全性の理由で難しいシステムにおいて、バッテリ不要の電源として利用できる。例えば、製造ラインのプロセス制御や建造物の空調制御に向けた無線センサーネットワークなどに使える。これを第一弾として、エネルギハーベスト向けの製品を拡充する計画である。すでに複数の品種の開発を進めており、そう遠くない時期に発売する予定だ。
Lothar Maier(ローサー・マイヤー)氏
米University of California at Berkeleyで化学工学の学士号を取得。1983年7月から1999年3月まで米Cypress Semiconductor社に勤務し、さまざまなマネジメント業務に携わる。1999年4月から米Linear Technology社でCOO(最高執行責任者)を務め、2005年1月に同社のCEOに就任した。
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