たった1つの原子に1ビットの情報を記録する・・・。そんな究極のメモリの実現へ、道を開く成果だろう。
たった1つの原子に1ビットの情報を記録する・・・。そんな究極のメモリの実現へ、道を開く成果だろう。IBMの研究開発拠点であるアルマデン研究所(Almaden Research Center)は、従来の約百万倍という驚異的な速度で原子の挙動を記録、視覚化する技術を開発した(図1)。
走査型トンネル顕微鏡(STM:Scanning Tunneling Microscope)を高速カメラのように使って、原子の挙動をナノ秒の時間分解能で測定する技術だ。単一原子が情報を保持できる時間(原子の電子スピンの緩和時間)を測定することが可能になった。
原子スケールのメモリに加えて、量子コンピュータの実現にも貢献する基礎技術である。この他にも、太陽電池で発生しているナノスケールの現象をより深く理解することも可能になる。同研究所の物理学者であるAndreas Heinrich氏は、「われわれが開発したSTM技術が多くの発明者に支持され、ナノ秒単位の時間分解能と原子スケールの空間分解能の両立につながっていくことを期待したい」と語った。
走査型トンネル顕微鏡(STM)は、IBMが1980年代に発明して以来、半導体材料の研究開発の進展に大きく貢献してきた。
STMの空間分解能は原子の寸法を把握できるほど高いため、原子1つ1つを描画することが可能だ。しかし既存のSTMは、空間分解能は高いが、測定速度は遅かった。IBMの研究グループは、「STMにパルスを印加する技術を適用することで、空間分解能はそのままに、測定時間を大幅に短縮した」と主張する。
IBMが開発した技術は、「ポンプ・プローブ測定法」と呼ぶもので、パルスレーザーの照射方法とよく似ている。まず、原子の電子スピンを励起するために、STMの探針とサンプル間のトンネル接合に強い電圧パルス(「ポンプ・パルス」と呼ぶ)を印加する。次に、一定の待機時間の後、弱い電圧パルス(プローブ・パルス)を印加して、電流を測定する。この手順を何回も繰り返す。
このとき、ポンプ・パルスとプローブ・パルスの時間間隔(遅延時間)を数ナノ秒単位で、毎回延ばしながら、原子の電子スピンの挙動変化を把握する。このような作業によって、原子の電子スピンの緩和時間や、1つのFe(鉄)原子がビット単位の情報を保持する時間を正確に測定することができるという。
一般に、DRAMセルは、記録したビット情報を約50m秒ごとにリフレッシュする必要がある。開発したSTM技術を使って確認したところ、Fe原子1個に情報を記録・保持するために必要なリフレッシュ間隔、約250ns(ナノ秒)だったという。リフレッシュ頻度が、DRAMセルの約20万倍に増加したことを意味する。
Heinrich氏は、「われわれは今回、1つのFe原子に情報を保存しようとすると何が起こるのか、という問いに対する答えを見つけた。また将来的には、太陽電池セルの変換効率の向上や、量子コンピュータの実現に向けた研究も、同様に進展させることができる」と述べた。例えば、開発したSTM技術を使えば、太陽電池の変換効率を原子単位で測定できるかもしれない。また、量子コンピュータのゲートの内部構造を明らかにできる可能性がある。「量子ビットを複数配置して相互に作用させることができれば、原子スケールで量子計算を実行する新しい手法への道を開く。これが、私の描く量子力学の未来像だ」(同氏)。
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