このように計測器のユーザー側でモジュール型を選択する動機が高まっている一方で、計測器のメーカー側もモジュール型に注力する事情がある。前述の通り、モジュール型の方が高い市場成長率を期待できるからだ。
実際に、これまでスタンドアロン型を主に供給してきた計測器メーカーの中にも、こうした状況を商機と捉えてモジュール型の市場に本格的に参入する企業が現れた。アジレント・テクノロジーである。
同社は2010年9月に、デジタイザ(A-D変換モジュール)や任意波形発生器、オシロスコープ、ベクトルシグナルアナライザ(VSA)など、機能が異なるモジュール合計47機種を一挙に投入した。その後、同年10月にも新たな機種を発表している。これらの中には、従来のモジュール市場に無かった領域の製品も含まれており、機器メーカーの開発/製造現場のユーザーにとっては、モジュール製品の選択肢が増え、適用可能な応用分野が拡大する。
計測器を使うユーザーと、計測器を提供するメーカー。ここまで説明してきたように、双方の事情が合致したことでモジュール型計測器の存在感が高まっている。そうした中、スタンドアロン型とモジュール型の応用範囲に変化が生じている。
変化が見られるのは、モジュール型のハイエンド領域である。これまでモジュール型に対するユーザーの認識は一般に、「性能はそこそこ」だった。実際に、例えばオシロスコープでは、スタンドアロン型がエントリレベルの機種でも1Gサンプル/秒や2Gサンプル/秒といった性能を達成しているのに対し、モジュール型でオシロスコープ機能を実現する際に使うデジタイザは、「サンプリング性能が60Mサンプル/秒〜100Mサンプル/秒程度の機種が最も良く売れている」(日本ナショナルインスツルメンツのプロダクト事業部でテクニカルマーケティング課の課長を務める岡田一成氏)という状況である。
ここにきて、モジュール型において従来実現できなかった高い性能を提供できる基盤が整い始めており、以前は性能が制約になっていたアプリケーション領域でも、モジュール型が選択肢に入る可能性が広がっている。
くさびを打ったのはアジレント・テクノロジーである。同社はモジュール市場への本格参入に当たって、次の戦略を打ち出した。「モジュール市場の『巨人』であるナショナルインスツルメンツとは、製品分野の重複を避けて差別化を図る」というものだ。差別化の要因として掲げるのが「高性能」である。
具体的には、次の3点で高性能を訴求する。1つ目は、高性能ハードウエアの新たな標準規格「AXIe(AdvancedTCA Extensions for Instrumentations and Test)」に対応するモジュールを業界で初めて製品化したこと。2つ目は、ナショナルインスツルメンツなど各社が豊富な製品をすでに供給し、市場で広く普及しているPXI対応モジュールで、バックプレーンの伝送技術にPCI Express Gen2を採用したこと。3つ目は、アジレント・テクノロジーがスタンドアロン型で得意とするマイクロ波計測の技術を、モジュール型にも生かしたことである。以下、順番に紹介しよう。
1つ目は、高性能ハードウエア規格AXIeに対応するモジュールである。AXIe規格は、通信機器のハードウエア規格「AdvancedTCA」を計測器向けに拡張したもので、2010年7月に最初の規格が業界団体「AXIeコンソーシアム」によって承認された。「旧来規格であるPXIは電力容量が低いため、消費電力が大きい計測機能をモジュール型では提供できなかった。またPXIはもともと低い周波数を扱う用途に向けて策定された規格なので、電磁的なシールド特性が低いという課題もある」(アジレント・テクノロジーの犬飼氏)。
AXIeでは、PXI規格およびPXIe規格(PXIの拡張版)との互換性を維持しながらも、こうした課題を解決し、さらに高性能の計測機能を実現できるという(表2)。例えば、モジュールを収容するシャーシの1スロット当たりの電力供給能力がPXIe規格では30Wにとどまっていたのに対し、AXIeでは200Wを確保した。
AXIeに対応する具体的な製品としては今回、2スロットシャーシの「M9502A」と5スロットシャーシの「M9505A」のほか、PCI Express Gen3向けのシグナルアナライザモジュール「U4301A」を投入した。
今後はAXIeコンソーシアムに参加する計測器メーカーが、例えばサンプリング周波数が既存のモジュール型に比べて大幅に高いデジタイザを製品化する可能性がある。
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