半世紀ほど前に、電子部品の世界で大きな世代交代が起きた。かつて主役を担った真空管に取って代わって、Si(シリコン)技術で製造するトランジスタがその座に着いたのである。「発振器にも、同じ変革が起きる」――。これまで発振器の市場では、水晶発振器が絶対的な地位を築いてきた。今その交代劇をもくろむのは、シリコン技術で製造するMEMS発振器やCMOS発振器を手掛ける半導体ベンダーだ。シリコン化の最新動向を紹介する。
今をさかのぼること5年前、2006年の春。その新興半導体ベンダーのCEOは集まった報道陣を前に気を吐いていた。「真空管はSi(シリコン)技術で製造するトランジスタに取って代わられた。トランジスタは真空管に比べてはるかに小さく、安く、信頼性が高かったからだ。水晶発振器にも、同じ変革が起きる」――。2005年に創設された米国の新興企業SiTime(サイタイム)が東京都内で開催した会見である。
同社はこの会見で、シリコンMEMS発振器の第1弾となる製品を発表した。シリコン基板の内部にMEMS(Micro Electromechanical Systems)技術を使って共振子を作り込み、駆動回路を組み合わせることで発振器として機能させる。「水晶発振器に匹敵する性能を実現しながらも、実装面積やコストは低く、信頼性は高い。当社の技術は、水晶発振器の市場の90%に影響を与えることになるだろう」。当時同社の会長兼CEOを務めていたKurt E. Petersen氏はこうぶち上げた。
水晶発振器は、デジタルICやミックスドシグナルICの動作タイミングを定めるクロック信号を出力したり、有線/無線の各種通信インタフェースの基準周波数を生成したりする「タイミングデバイス」として、あらゆる電子機器に広く使われている。もしそれらを置き換えれば、大きな市場を手中にできる。そのため、数多くの半導体ベンダーがシリコン技術を使ったタイミングデバイスでこの市場の獲得に名乗りを上げている。
水晶発振器の置き換えを狙うシリコンタイミングデバイスは、その実現技術で大きく2つに分けられる。1つはSiTimeのようにMEMS発振器を用いる手法で、米Disceraや米Sand 9、米Silicon Laboratories、フィンランドVTI Technologiesなどが手掛けている(図1)。
もう1つはインダクタとコンデンサを組み合わせたLC発振器をCMOS技術で1枚のシリコンチップ上に集積する手法だ。米IDT(Integrated Device Technology)や米Silego Technology、Silicon Laboratoriesなどが製品を供給している(図2)。
シリコンタイミングデバイスを手掛ける各社ともに、水晶デバイスに対するメリットとしては、標準品として用意していない特殊な出力周波数の品種を短いリードタイム(納期)で供給できることや、パッケージサイズの小型化や薄型化に対応できること、製造コストを比較的低く抑えられる点などを訴求する。
現在のところシリコンタイミングデバイスを製品として機器メーカーに供給するのは主に上記のような海外の半導体ベンダーだが、国内の大手エレクトロニクス企業も取り組みを進めている(別掲記事「日本企業も小型・低電力化を視野に研究中」を参照)。
しかし現在までのところ、シリコンタイミングデバイスは水晶発振器の市場にそれほど大きな影響を与えていないのが実情だ。市場調査会社である米IHS iSuppliのアナリストは、2010年5月に、「MEMS発振器の出荷数量はまだ年間900万個〜1000万個しかない。それに対し水晶発振器は、年間何十億個も出荷されている」と指摘している。
実際、MEMS発振器の先駆けであり、「MEMS発振器の市場で85%のシェアを獲得している」と主張するSiTimeですら、量産出荷を2007年に開始して以来、累積出荷数量は2010年10月の時点で3000万個である。2011年には年間出荷数量が倍増し、累積6000万個〜7000万個に達するとみているが、それでも発振器全体の市場で見ればごくわずかな割合だ。
MEMS発振器そのものの市場は伸びている。MEMS関連の市場調査を手掛けるフランスのYole Developmentは、MEMS発振器の市場は2009年〜2015年の間に99%と高い年平均成長率(CAGR)で成長し、金額ベースでは2009年の790万米ドルから2015年には6億4490万米ドルになると予測しており、2015年の出荷数量は7億個に迫るとみる。またSiTimeは、すでに同社のMEMS発振器を採用した機器メーカーとして、「コンピュータメーカー上位6社のうち3社、民生用エレクトロニクス機器メーカー上位4社のうち2社、アジア地域のネットワーク機器メーカー上位10社のうち5社」(同社でマーケティング担当バイスプレジデントを務めるPiyush Sevalia氏)を挙げている。
それでも、迎え撃つ水晶デバイスメーカー側に切迫した様子は無い。やはり、水晶デバイスの一部がシリコンデバイスで置き換えられたとしても、全体的にはごく限定的な影響しか無いとみているようだ。
水晶デバイス大手のエプソントヨコムは、米国の市場調査会社による2007年の調査リポートを引用し、「水晶発振器や水晶振動子などを含む水晶デバイス全体の市場では、当社を筆頭に日本企業が上位を独占しており、そのシェアは合計で7割程度に達する」と説明する。
国内の別の水晶大手メーカーによれば、水晶を利用したタイミングデバイス全体の市場を金額ベースで見ると、ATカット型の水晶振動子が5割と最も大きく、次いで温度補償型水晶発振器(TCXO)が3割〜4割を占める。その他、最も基本的な機能の水晶発振器(SPXO:Simple Packaged Crystal Oscillator)や電圧制御型水晶発振器(VCXO)、恒温槽付水晶発振器(OCXO)は、合計でも全体の1割〜2割にとどまるとしている。
それゆえ、国内の水晶デバイスメーカーは「確かに、SPXOの市場にはMEMSデバイスが侵攻してきている」と認めつつも、売り上げ全体への影響は軽微だと踏んでいるようだ。水晶業界の複数の関係者の話を総合すると、「ATカット型の振動子についても、周波数の要求精度が1000ppm程度と低い一部の民生分野の用途であればMEMSデバイスで置き換えられる可能性はある。しかし、通信機器分野で求められる10ppm程度のレベルになると、MEMSデバイスでは対応できない。さらに、ATカット振動子の限界を超える、0.5ppm〜1ppmといった極めて高い精度を必要とする用途では、選択肢はTCXOしかなくなる」との共通認識がある。
このように水晶メーカーが余裕の構えを見せるのは、タイミングデバイスの重要な特性である周波数精度の観点で、水晶デバイスがシリコンデバイスに比べて優位にあるとみているからだけではない。水晶デバイスには長い歴史がある。供給するメーカー各社の歴史も長く、企業規模も比較的大きい。一方で、シリコン利用のタイミングデバイスを供給する企業は、これまで半導体の新興ベンダーが多く、企業の規模は小さかった。
タイミングデバイスのユーザーである機器メーカーにとっては、仮にシリコンデバイスに何らかの利点を見出したとしても、使い慣れた水晶デバイスを置き換えたり、歴史の浅い企業から部品を調達したりすることに対する心理的な障壁が立ちはだかる。また、新規の部品を採用することになるため、たとえシリコンデバイスのベンダーが「水晶デバイス互換」をうたっていたとしても、機器メーカー側では特性を評価し直したり、利用可能な部品として社内の承認プロセスを通したりする手間が発生する。これらが乗り換えコスト(いわゆるスイッチングコスト)として、機器メーカーに水晶デバイスの置き換えを足踏みさせる要因になってしまう。
しかしこの状況が未来永劫にわたって続くとは限らない。かつての真空管からトランジスタヘの移行も、すんなりと進んだわけではなかった。初期のトランジスタは電気的特性が低く、実用に懐疑的な向きもあったのである。タイミングデバイスの分野でも、水晶デバイス市場の周囲に築かれた壁を切り崩すべく、新興のシリコン陣営が取り組みを進めている。
そうした動きの筆頭が、歴史と実績を備えた大手半導体ベンダーの参入だ。状況に変化が起きたのは2010年である。まず1月にIDTが、CMOS発振器を手掛けていた米Mobius Microsystemsの買収を発表した。続いて4月にはSilicon Laboratoriesが、MEMS発振器の米Silicon Clocksを買収したと発表した。
IHS iSuppliのアナリストは、Silicon Laboratoriesによる買収はMEMS発振器市場に大きな意味があると指摘する。同アナリストによれば、これまでMEMS発振器が抱えていた最も大きな課題の1つは、MEMSの共振子やその封止の技術ではなく、共振子と組み合わせる駆動回路だという。特に、温度特性は制御が非常に厄介で、その温度特性を補償する機能を、位相雑音や消費電力といった他の特性に悪影響を与えずに組み込むことが難しかったとする。Silicon Laboratoriesは従来からクロック生成ICやタイミングICを手掛けており、こうした課題を解決するために必要な技術が蓄積されているので、「MEMS発振器をもう一段高いレベルに進化させられる」(同アナリスト)というのだ。
Mobius Microsystemsの創設者であり、現在はIDTでSilicon Frequency Control部門のゼネラル・マネージャを務めるMichael McCorquodale氏も、IDTによる買収の効果によって今後、Mobiusが取り組んでいたシリコンタイミングデバイスの製品価値が大きく高まるとの見解を示す。「IDTは旧来から各種インタフェースICや、それらに組み合わせるクロックICを手掛けていた。アナログ回路やミックスドシグナル回路の設計ノウハウも豊富だ。さらに、通信機器やコンピュータなど、タイミングデバイスを使う機器側のシステムについても熟知している」(McCorquodale氏)。これらにMobiusのCMOS発振器技術を融合させることで、応用市場ごとに最適化したシリコンタイミングデバイスを提供できると述べた。
製品についても、シリコン利用のタイミングデバイスは進化を続けている。周波数精度をはじめとしたタイミングデバイスとしての基本的な特性の改善が進んでいる他、SPXO(基本的な機能の水晶発振器)の代替という旧来の応用範囲を超える市場を狙った、新たな製品が続々と登場している。
Sand 9は、独自のMEMS発振器「TCMO(Temperature Compensated MEMS Oscillator)」を開発しており、水晶デバイスメーカーが「シリコンでは難しい」とみる温度補償型水晶発振器(TCXO)の置き換えを目指す。−40℃〜85℃の温度範囲にわたって±2.5ppmの周波数精度を確保しながら、出力周波数近傍の位相雑音も低く抑えており、無線通信用の高精度タイミングデバイスとして使えると主張する(図3)。
同社でプロダクトマーケティングのディレクタを務めるTodd Borkowski氏は、±2.5ppmの周波数精度を確保できた理由について、「原理的に温度安定性が高く、発振周波数の調整も可能な独自のMEMS共振子を採用した。さらに、製造工程のばらつきなどに起因する残留温度ドリフトについては、新手法の温度補償回路を使って補償した」と説明する。
出力周波数近傍の位相雑音については、125MHz出力時に1kHzオフセットにおいて−110dBc/Hz以下に抑えたという。無線通信用途に十分使えるレベルの特性であり、同分野で使われているTCXOに匹敵すると主張する。Borkowski氏によれば、既存のMEMS発振器ベンダーは、MEMS共振子の出力周波数をフラクショナルN型PLLで処理することで最終的な出力周波数を生成する手法を採っていた。「この手法は原理的に、位相雑音が大きくなり、ジッター特性が悪化する他、周波数が急に変化したり不連続に変化したり、大きなスプリアスが出現するといった問題があった。ローエンドのタイミング用途では十分に使えるものの、3G/4Gの携帯電話やGPS受信などの無線用途には対応できなかった」という。これに対し同社は、フラクショナルN型ではなく、独自に開発した分周比可変の整数分周型PLLを採用した。
TCXOに対するメリットとしては、1.5mm×0.9mm×0.5mmと小さいCSP封止品を用意できる他、耐衝撃性が最大3万g(gは重力加速度)と高いことや、電源投入後の起動時間が1.0msと短いことを挙げる。同社は、「TCXOの起動時間は3.5msもかかる。3G携帯電話機でTCXOをTCMOに置き換えれば、待ち受け時間を40%以上も延ばせる」と主張する。
すでにチップの試作を複数回にわたって重ねており、特性の改善を進めているようだ。ただし製品化の予定については、「現時点では明らかにできない。近い将来に発表する」(Borkowski氏)としている。
「現在市場に流通しているMEMS共振子は問題を抱えている。結果として、MEMS発振器は機器側にコスト的なメリットを提供できていなかった。これを解決する」。こう主張するのはVTI Technologiesだ。同社は、MEMS技術を適用した加速度センサーやジャイロセンサーなどを手掛ける1991年創業の半導体ベンダーで、新たにMEMSタイミングデバイスに参入すると2010年11月に発表した。
同社によれば、「他社が供給する既存品は、初期精度が低い、温度ドリフトが大きいといった問題を抱えていた。MEMS共振子の代表的な製品ですら、目標周波数から1万ppmもずれているのが現状だ。温度ドリフトが約30ppm/℃の製品すら流通している。標準的な温度範囲である−20℃〜70℃では、3000ppm程度の温度ドリフトが発生することになる」という。こうした既存の製品は、周波数精度を高めるために複雑な集積回路を組み合わせる必要があり、サイズやコスト、消費出力、ノイズの増大を招いていたとする。「現在市場に出回っているMEMS共振子型の発振器を電子機器に搭載しても、コストメリットが生まれなかった」(同社)。
同社は、詳細を一切明らかにしていないが、独自の技術でこの課題を解決したという。製品の具体的な仕様も現時点では公表されていないが、日本法人によれば「秘密保持契約を結んだ顧客には、すでに製品の情報を提供している。2011年の春から夏のころには、一般にも公開する予定だ」としている。
MEMS発振器の先駆けであるSiTimeも新たな製品展開を見せている。2010年11月に、リアルタイムクロックや時間管理に向けたMEMS発振子「SiT1052」を発表した。「当社はこれまで、プリント基板上の水晶発振器を置き換えるMEMS発振器を主に供給してきた。ターゲットとなる水晶発振器の市場規模は15億米ドルだった。次に狙うのは、金額ベースで20億米ドル、数量ベースで120億個の市場規模がある水晶発振子の市場だ」(同社のSevalia氏)。
このMEMS発振子のユーザーとして想定するのは、スマートメーターや時計、デジタルカメラ、電子ブックリーダーなどに搭載するマイコンやASSP、リアルタイムクロックICなどを開発する半導体ベンダーである。SiTimeはユーザーに対し、良品を保証したベアチップ(KGD:Known Good Die)の形態でMEMS発振子を出荷するとともに、駆動回路や温度補償回路、リアルタイムクロック出力回路などをIPコアとして提供する。後はユーザーがこのIPコアを自社で開発するチップに集積し、そのチップとMEMS発振子のKGDを単一のパッケージに封止する。「当社の製品は従来、ほぼ全てがMEMS発振器だった。MEMS発振子は、MEMS発振器のユーザーにテストや品質認証用に提供していただけだった。量産向けに社外に供給するのは、今回が初めてだ」(Sevalia氏)。
このMEMS共振子自体の特性は以下の通り。出力周波数は524kHzで、16分周すれば32.768kHzのリアルタイムクロックが得られる。周波数精度は±5ppm(工業用温度範囲において)を確保した。時間誤算で0.4秒/日に相当する。低コストのプラスチックパッケージに対応可能だ。周波数の温度係数は−30ppm/℃。消費電流は、この共振子と前述のIPコア群を合わせても最大1μAと低い。すでに量産を始めており、採用を決めた半導体ベンダーもあるという。
IDTは、買収したMobius MicrosystemsのLC型CMOS発振器に基づくシリコンタイミングデバイスの新製品「IDT3C02」を2010年10月に発表した。旧Mobiusが製品化していた3品種から、回路の見直しや温度補償アルゴリズムの改良などを施すことで周波数精度をさらに高めた品種である。
出力周波数は最大133MHz。周波数精度は、すべての条件において±100ppmを確保した。この条件とは、−20℃〜70℃の温度範囲において、電源電圧の変動や、エージング、振動および衝撃を考慮したものだ。IDTのMcCorquodale氏によれば、LC型のCMOS発振器は従来からマキシム・インテグレーテッド・プロダクツなどアナログ半導体の大手ベンダーが製品化していたが、周波数精度は3万ppm程度と低く、水晶発振器の置き換えには使えなかったという。
これに対しIDTの今回のCMOS発振器は、前述の通り100ppmと精度が大幅に高く、1Gビット/秒対応イーサネットや、SAS(Serial Attached SCSI)、USB 3.0(SuperSpeed USB)、PCI Expressなどのデータ通信用有線インタフェースのタイミング基準として水晶発振器の代わりに使えるとしている。「周波数精度のさらなる改善も進めている。2011年の第2四半期〜第3四半期には、50ppm品を発表する。その先の品種も開発しており、2012年以降に30ppm以下の製品を投入する考えだ」(McCorquodale氏)。
水晶発振器に対する優位点については、広帯域の有線インタフェースで求められる高周波数のタイミング基準信号を、低いコストで実現できることだという。「水晶発振子の原発振周波数は最大でも40MHz〜50MHzにとどまり、それを超える高い周波数のタイミング基準を作り出すには高調波を利用したりPLL回路を組み合わせたりした水晶発振器を用意する必要があり、コストが大幅に高くなってしまう」(McCorquodale氏)。
これに対しIDTのCMOS発振器であるIDT3C02は、自励発振周波数が3GHzと高いLC型発振器を集積しており、この自励発振周波数を分周してから最終的なクロック信号として出力する。PLLを利用せずに高い出力周波数が得られる仕組みだ。その結果、位相雑音を低減できジッターを低く抑えられる上に、低消費電力化も達成できたとする(図4)。具体的には、ジッターは1psを下回り、動作時の消費電流は2mAと低いという。5mm×3.2mm×0.9mmの4端子SMDパッケージに封止した。すでにサンプル出荷を始めている。価格は、1000個購入時の単価を73米セントに設定した
LC型のCMOS発振器でユニークな提案をするのがSilego Technologyである。同社は2011年1月に、「GreenXTL」と呼ぶCMOS発振器の製品群を発表した。CMOS発振器として消費電力が低く、出力周波数遠方の位相雑音が小さい他、多系統のクロック信号をボード全体にわたって分配する用途に向く独自のクロック生成アーキテクチャに対応したことも大きな特長だ。
出力周波数が120MHzや125MHz、156.25MHz、200MHz、250MHzといった品種をあらかじめ用意している他、ユーザーが指定した任意の周波数の品種を供給することも可能である。消費電流は8mA。1MHzオフセットにおける位相雑音は−150dBc/Hzと低い。周波数精度は−10℃〜70℃の温度範囲で±50ppmを確保した。
ただしこのCMOS発振器は、これ単体では動作しない。自走発振する内蔵のLC発振器を、外部から供給する32.768kHzの参照クロックを使って「キャリブレーションする」(同社でマーケティング担当バイスプレジデントを務めるJohn McDonald氏)という。この方式を採ることで、「PLLを組み合わせることなくLC発振器を自走させながら、高い周波数安定性と低い消費電力を両立できた。他社が供給するLC型のCMOS発振器は、周波数安定性が低かった」(同氏)。
この方式は特に、多系統のクロック信号をボード全体にわたって分配する用途に向く(図5)。複数のGreenXTLを用意して、各クロック領域の近くに配置する。さらに、25MHzの水晶振動子を外付けした同社のクロック生成IC「GreenCLK」で32.768kHzの参照クロック信号を作り出し、各GreenXTLに分配する。こうすれば、ボード上で100MHzを超える高い周波数のクロック信号を長距離にわたって伝送せずに済むので、電磁放射雑音(EMI)を低く抑えられる。
しかも各CMOS発振器の消費電流は前述の通り8mAで、32.768kHzの参照クロック源も数μA程度と低いので、消費電力の大きいクロックバッファICを複数個使う旧来の手法に比べて、クロック分配に要する消費電力も低く抑えられるという。
パナソニックは、ベルギーの研究機関であるIMECと共同で、発振周波数の安定度が高い上に低電圧で駆動できるMEMS共振子を開発し、2010年12月6日に半導体素子の国際学会「IEDM 2010」で成果の一部を発表した(図A-1)。同社は、「MEMS共振子は水晶振動子に比べてCMOSプロセスとの親和性が高く、小型化が実現できる」とみているが、「従来はQ値が小さく、弾性振動を励振するための駆動電圧が高いといった課題があった」という。一般に、共振子はQ値が高いほど振動が安定し、タイミングデバイスとして利用する場合に周波数安定度の向上につながる。
開発したMEMS共振子は、共振周波数が20MHz帯で、共振の鋭さを表すQ値が22万と高い。パナソニックは「業界最高だ」と主張する(2010年12月7日の時点で、同社調べによる)。駆動電圧については、1.8Vまで低減できた。
MEMS共振子の振動モードにねじり振動を利用した。ねじり振動モードでは、振動部(両持ち梁)の両端を固定し、中央部をねじるような周期変位を発生させる。固定端からの振動エネルギーの損失を小さく抑えられるので、高いQ値が得られる。さらに、ねじりモーメントが最大になるように共振子の構造を最適化することで、22万と高いQ値を達成したという。具体的には、励振電極の高さを振動部の高さの1/2に設定した。この試作品を測定したところ、共振周波数が19.4441MHzのときにQ値は22万201だった。共振周波数とQ値の積(f・Q積)は約4.3×1012Hzとなり、パナソニックの従来値の2倍である。さらにこの試作品では、振動部と電極とのギャップを130nmまで狭めることで、駆動電圧を同社従来比1/4に相当する1.8Vまで引き下げた。
パナソニックはこのMEMS共振子を、家電機器や車載機器などで使われるタイミングデバイスの小型化と低消費電力化に貢献する技術だとしている。「将来は、さらに厳しい周波数安定度が要求される通信機器用途や、共振周波数変化を利用した高感度力学量センサーなどへの展開が期待できる」(同社)。ただし実用化の時期や形態については、現時点では何も決まっていないという。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.