メンター・グラフィックスは、解析速度を高めるとともに取り扱える回路の規模を拡張した新型SPICEシミュレータ「Eldo Premier」を発表した。これまで規模が大き過ぎて解析できなかったり、解析できても数日から数週間を要していた回路を、数時間から数日で解析可能だという。
メンター・グラフィックスは2011年4月14日、解析速度を高めるとともに取り扱える回路の規模を拡張した新型SPICEシミュレータ「Eldo Premier」を発表した。回路規模が非常に大きい、メモリチップやイメージセンサー、A-D/D-A変換器IC、電源管理IC、各種トランシーバICなどのアナログ/ミックスドシグナルICや、TFTパネルなどの設計検証に向ける。
同社既存のSPICEシミュレータである「Eldo」に比べて、まったく同じ精度を維持しながらも、解析速度は最大20倍に高まるという。取り扱える回路の規模(容量)はトランジスタ数で最大1000万個に達し、Eldoの10倍に相当する。規模が大き過ぎて従来のSPICEシミュレータでは解析できなかったり、解析できても工業的に非実用的なほどの長時間を要していたような回路を、比較的短い時間で検証できるようになる。
SPICEの容量と速度の課題に対する解決策として、EDAベンダー各社は従来、「Fast SPICE」と呼ばれる高速SPICEシミュレータを提供していた。解析対象の回路を分割したり、部分的にビヘイビアモデルに置き換える抽象化を施したりすることなどで、高速化を実現する。ただし、それらは主にデジタル回路を十分な精度で高速に解析するためのシミュレータという位置付けだった。SPICEによるシミュレーション結果に対して、ある程度の誤差が生じてしまう。従ってアナログ/ミックスドシグナル回路では、それほど高い精度を求めない機能的な検証などの作業にしか使えない。それでも、「4年〜5年ほど前までは、それほど高い精度は求められていなかった。大規模な回路であれば、SPICEに対して3%〜5%の誤差があっても許容できるとする半導体設計者が多かった」(メンター・グラフィックス・ジャパンのテクニカル・セールス本部でAdvanced Systems Platformグループのマネージャーを務める三木研吾氏)という(図1)。
ところが現在、この状況に変化が起きている。「0.5%、1%とかなりシビアな要求になってきた」(三木氏)。半導体の微細化が進展したことで、動作電圧低下して設計マージンが削られたり、マスクコストが急増して手戻りが発生した場合のリスクが増大したりしていることや、無線アプリケーションなどで高周波化が進んだことが背景にあるという。その結果、「Fast SPICEからSPICEに回帰するトレンドが生じている」(同氏)。ただしSPICEでは容量と速度に限界があるのは前述の通りだ。そこでメンターが投入したのが、今回のEldo Premierである。
Eldo Premierは、Fast SPICEではない。純粋なSPICEである。すなわち、回路網を分割したり抽象化したりせずに、そのまま解く。実際に、解析対象のネットリストや解析時に使うモデルは、SPICEとまったく同じである。そのためメンターはEldo Premierを「Faster SPICE」と呼ぶ。Fast SPICEとは異なりSPICEと同精度を得られる上に、SPICEよりも高速だという意味を込めた。このFaster SPICEで高速・大容量化を実現した手法については、「詳細については明らかにできないが、マトリクスソルバーを刷新し、その結果を処理する代数ソルバーにも独自の手法を新たに適用した。さらに、解析処理を階層化して実行する技術も採用した」(三木氏)と説明している。
メンターが顧客企業から実際のIC設計データの提供を受けて既存のEldoと今回のEldo Premierの性能を比較検証したところ、「回路規模が比較的小さいデザインでは比較的効果が小さいので、平均すると2.5倍の高速化にとどまったが、回路規模が大きいデザインでは大きな効果が得られ、最大20倍の高速化を確認できた」(三木氏)という(図2)。TFTパネルの設計検証に適用した例では、774×800画素の回路を2時間45分で解析できたとする。これは、従来のEldoでは規模が大き過ぎて解析できなかった回路である。
Eldo Premierは単体のシミュレータとしてすでに出荷を開始している。今後、同社が提供しているアナログ/ミックスドシグナルICの設計検証環境「Questa ADMS」のシミュレーションエンジンとしても使えるようにする計画だ。
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