FPGA大手ベンダー各社が次なる成長の舞台としてASIC/ASSP市場に照準を合わせている。Alteraもその1社だ。しかし日本の大手エレクトロニクス機器メーカーは、その多くがASIC部門を社内に抱えていた歴史がある。半導体事業の分社化は進んだが、今なおたくさんのASIC/ASSPメーカーが国内に存在しており、機器メーカーと取引しているのが実情だ。そのため「日本はASIC文化がまだまだ根強い」と評されている。攻略の手だてを、日本法人で代表取締役社長を務める日隈 寛和氏に聞いた。
EE Times Japan(EETJ) FPGAは半導体プロセスの微細化を原動力とした大規模化・低コスト化で応用範囲を広げてきました。28nm世代のプロセスを適用した次期FPGAのサンプル出荷が始まった今、どういった広がりを期待していますか。
日隈氏 日本の市場は、数年前から大きな転換期に差し掛かっています。かつてASICを利用していた半導体ユーザーがFPGAに乗り換えるという動きです。28nm世代では、この流れが加速するとともに、ASSPからFPGAへの乗り換えという潮流も本格化してくると期待しています。背景には、半導体の経済学があります。
製造プロセスの微細化が進むと、開発コストは大きく増える。ASICのようなカスタムチップでは、例えば65nm世代で55億円もかかる。フォトマスクやウエハーのコストはもちろん、それ以上に設計や検証の人件費が大きい。仮に研究開発費を売り上げの20%に抑えるとすれば、このコストを正当化するためには275億円の売り上げが必要になる計算です。1000円、5000円のチップで2750万個、550万個を売り切らなければ、費用を回収できません。
そこで日本のASIC/ASSPベンダーは、大きな数量を見込める市場にフォーカスを変えてきています。その結果、何百万個もの数量が見込めない市場では、ASIC/ASSPの供給や新規開発が減少してしまう。これがFPGAベンダーの当社にとって、大きな商機になっています。
当社はもともとインフラ機器に強い。全世界の売り上げのうち、70〜80%がインフラ関係です。携帯電話の基地局や、ルータ装置、光伝送装置、各種テスター、FA関連機器、医療機器。これらはいずれも、機器ごとに何百万個、何千万個といったASIC/ASSPを消費するような分野ではありません。ASIC/ASSPのベンダーが撤退していく傾向にある市場です。そこで、FPGAへの置き換えが進むという構図です。
これが当社にとっていかに大きな市場か。世界のASIC/ASSPおよび組み込みプロセッサの市場は今、10兆7000億円程度。そのうちゲーム機や携帯電話機、PC用については、FPGAで置き換えることが現実的ではありません。それらを除いても、4兆7000億円の規模がある。一方、FPGAやCPLDを合わせたPLD全体の市場規模は、世界で5000億円、日本で600〜700億円。ASIC/ASSP市場の4兆7000億円のうち、ほんの数%だけでも獲得できれば、当社は売上高を倍以上に高められることになります。
既存のPLD市場で競合他社に勝つことに加えて、このASIC/ASSP市場に入り込んでいく。それが当社の戦略です。
EETJ 日本は世界の中でも特にASIC文化が根強いとされています。その中でASIC市場に入り込むためのシナリオをどう組み立てていますか。
日隈氏 機器メーカーは今、グローバルな競争にさらされています。ASICだけで機器を設計していては、開発に時間がかかったり、高いリスクを抱え込んだりしてしまう。世界市場で勝てない。こうした現実が、FPGAへの移行を後押しする追い風になっています。
特に当社は、FPGAのみならず、FPGAを使って実装したデザインを基にストラクチャードASICを製造する「HardCopy」と呼ぶソリューションを用意しています。FPGAとASICの両方を提供できるというのが大きなポイントです。HardCopyを使えば、FPGAのデザインと互換性を保ちつつ、非常に短い期間かつ非常に低いリスクでASICを入手できます。開発自体も、FPGAと全く同じ。FPGAができあがれば、ソフトウェアの開発を進められる。ASICの仕上がりを待つ必要はありません。
実は、数字は公表していませんが、日本ではすでに、HardCopyがかなり多く使われています。2001年にHardCopyの第1世代品を投入した後、最初のユーザーは日本企業でしたし、現在に至るまで、HardCopyを利用した設計の件数でも日本が世界でトップです。もっとも、普及が急速に進み始めたのはここ3年ほどのこと。ユーザーのビジネスモデルや考え方は、そう短期間では変わりません。当社が提案を続けていくことで、機器メーカー側でもこの手法をうまく使って製品の競争力を高めようという機運が高まってくると考えています。
EETJ 28nm世代品では、ASICに加えてASSPの置き換えも加速するといいます。要因は何でしょうか。
日隈氏 28nm世代品に盛り込んだ新しい技術が後押しします。
1つは、FPGAチップに部分的にHardCopyを埋め込む「Embedded HardCopy Blocks」です。回路規模が大きいロジック機能や、多くのユーザーが利用するインタフェース機能は、HardCopyの技術で専用回路化し、ハードマクロとしてFPGAチップに集積できる。この手法を使うことで、当社はわずか数カ月で新しいFPGA製品や派生品種を市場に投入できるようになります。
例えば、通信インフラ市場の100Gビット/秒アプリケーション、400Gビット/秒アプリケーションなど、特定のアプリケーションに向けたさまざまなFPGAを短い開発期間で供給する。例えば、100Gビット/秒でも、OTN、フレーマー、イーサネットといった具合にいろんな入出力が必要になるので、それらの回路をHardCopy技術でFPGAチップに作り込む。そしてバックエンド側のチップ間インタフェースはInterlaken対応回路を集積する。そうすれば、複数の機器メーカーに利用してもらえるような汎用性を確保しながらも、アプリケーションに特化したチップが実現できるわけです。
もう1つは、FPGAの動作時に一部の回路だけをリコンフィギュレーション(再構成)できる技術で、「パーシャル・リコンフィギュレーション」と呼んでいます。これはユーザーが任意に利用でき、稼働中の機器の内部でFPGAの機能を所望のタイミングで切り替えることが可能です。例えば、光伝送用のマックスポンダで、あるときは100Gビット/秒の信号を扱い、その他の期間は40Gビット/秒の信号を処理するといった場合を考えてみてください。従来であれば、それぞれに1個のチップを使い、2チップ構成を採る必要があった。それが、機能を時系列で切り替えられる1個のFPGAで済んでしまいます。FPGAをASSPライクなアプリケーション特化のチップとして利用しやすくなるでしょう。
EETJ FPGAとプロセッサを統合する新たな提案が相次いでいます。インテルはAtomプロセッサとAlteraのFPGAをSiP技術で1個のパッケージにまとめた製品を投入。FPGA大手のXilinxはARMのCortex-A9 MPCoreをハードマクロとして集積するFPGA製品群を発表しました。
日隈氏 FPGAの進化のプロセスだとみています。もともとFPGAは、ASICを開発する際の試作に使うプロトタイピングチップとしてその歴史が始まりました。その後、機器の中で実際の役割を担うチップとして利用されるようになったのです。さらに、ボード上にあるさまざまな機能要素を取り込み始めました。
最初はメモリ。FPGAにメモリを混載したことで、ボード上に別チップとして搭載されるメモリの量が減りました。PLLも集積しました。それから、高速インタフェースも。いずれも、かつてはボード上に別チップとして載っていたものです。そして今、ボードの上に何が残っているか。プロセッサがある。ならば次はそれだ。ある意味で、自然な流れだといえます。
実はアルテラは、非常に早い時期からFPGAにプロセッサを取り込んでいました。1999年に発表した「Excalibur」と呼ぶ製品です。ARM 9コアを集積したのですが、市場ではあまり成功しませんでした。時代の先を行き過ぎました。当時はまだ、FPGAのロジックセル領域に実装するソフトマクロ形式のプロセッサの方が人気があったのです。当社も独自の32ビットコア「Nios」を提供しています。
今、やっと時代が追いついてきたとみています。インテルがFPGAを組み合わせたプロセッサを製品化したことも、その証しの1つでしょう。いよいよボード上に別チップとして残っていたプロセッサを取り込んでいく時代が来た。そう考えて当社は2010年10月に、組み込み用プロセッサとFPGAを組み合わせるシステムを容易に構築できる環境の実現を目指す包括的な取り組みを発表しました。「エンベデッド・イニシアチブ」と呼んでいます。
当社が競合他社と大きく異なる点は、ユーザーに提供する選択肢の広さです。組み込み機器の分野では、プロセッサもOSもさまざまです。そして、既存の設計資産もたくさんある。それらをうまく有効活用してもらうために、いろんなプロセッサに対応していく。それが当社の方針です。
ハードマクロで集積するタイプでは、28nm世代のFPGAでARMのCortex-A9コアを内蔵する品種を用意します。ソフトマクロでユーザーが実装するタイプでは、ARMのCortex-M1コアの他、MIPSのMP32コアも提供します。
実装形態は異なっても、単一のパッケージ内にプロセッサとFPGAが納まっており、プログラマブルなSoCとして利用できる。FPGAはこのようにいろんな機能を取り込んで、今後さらにSoC化を進めていくことになるでしょう。次に取り込む機能がどういったものか。それはまだ分かりませんが、機器を構成するメインのチップになるべく進化させていきたいと考えています。
当社は、FPGAの今の形に固執することはありません。手法としてはハードウェアかも、ソフトウェアかもしれませんが、目指すところはより優れたプログラマビリティの提供です。ユーザーが設計期間を短縮できたり、リスクやコストを低減できたりする。それをもたらすプログラマビリティこそが大きな価値だと考えます。プロセッサを取り込むという現在の動きも、まだまだ進化の途中です。
日隈 寛和(ひぐま ひろかず)氏
米カーネギーメロン大学で電気工学の学士号と経営管理学の修士号(MBA)を取得。1994年に米Alteraに入社、カスタマー・マーケティングを担当。1996〜1999年までジャパン・マーケティング・マネージャーとして日本アルテラに赴任。1999年、米国本社に帰任。プロダクト・マーケティングコミュニケーション・マーケット・セグメント担当のシニア・マネージャー、同ディレクタを経て、2001年よりバーティカル・マーケット・ストラテジ 通信市場戦略部門のディレクタを務める。2002年5月、日本アルテラに代表取締役社長として着任した。2004年1月、兼務の形で米国本社のバイスプレジデントに就任。41歳。趣味はゴルフ。
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