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目的から手段に変わるデジタル制御、電源の市場要求に応える切り札に電源設計 デジタル制御(1/2 ページ)

自動車のエンジンにマイコンを使ったデジタル制御が導入されてから数十年がたつ。デジタル化によって高度な制御が可能になり、燃費の改善や排気ガスの抑制、運転性能の向上を実現した。そして今、スイッチング電源もデジタル制御への移行期に差し掛かっている。デジタル制御ならではの高度な制御や通信機能によって、電源のさらなる小型化・高効率化や高機能化を推し進める。

» 2011年09月09日 12時58分 公開
[薩川格広,EE Times Japan]

 デジタル信号処理を使って電源回路のスイッチングを制御する「デジタル制御電源」。アナログ制御に比べて電源の性能や機能を向上させられるという触れ込みで脚光を浴び、2000年代半ばには企業や大学で研究開発が活発化した。当時は、デジタル制御を利用すること自体が「目的」だったといえる。だが今、デジタル制御は、電源メーカーが市場からの要求に応えるための「手段」に変わりつつある。普及を阻んでいた壁が崩れていく。「デジタル制御電源のコストパフォーマンスが、いよいよアナログ制御電源を逆転する。そういう時代に差し掛かってきた」(スイッチング電源メーカーのコーセルでUS開発部の部長を務める長原邦明氏)。

 スイッチング素子のオン/オフ時間の比率を制御して出力を所望の電圧に安定化するスイッチング方式のDC-DCコンバータやAC-DCコンバータ(いわゆるスイッチング電源)では、その登場以来、主にアナログ制御が使われてきた(図1)。アナログ方式の電源制御ICは半導体ベンダー各社が数多く製品化しており、価格も低い。電源メーカーには、それらを使いこなすノウハウも蓄積されている。もちろん市場では常に、以前よりも小型で効率の高い電源が求められる。しかしその要求にも、アナログ制御の技術を磨けば応えることが可能だった。

 もっとも、電子機器に組み込んで使う比較的小型のスイッチング電源モジュール以外に目をやれば、電力変換にデジタル制御を適用する取り組み自体は、決して新しいものではない。モーター制御やインバータ制御の用途では従来から広く普及していた。

 電源の分野でも、1980年代にはマイコンを使ってデジタル制御する無停電電源装置が開発されており、1990年代にはそのマイコンがデジタル信号処理性能の高いDSP(Digital Signal Processor)に置き換わっていったという歴史がある。マイコンやDSPはアナログ方式の制御ICに比べてチップの価格や自己消費電力が比較的高くなってしまうので、その影響が小さく抑えられる数百〜数kWといった大型のハイエンドの電源装置にデジタル制御の応用が限定されていたというのが実情だ。

図1 図1 アナログ制御とデジタル制御の違い DC-DCコンバータを例に、デジタル制御とアナログ制御の違いを示した。違いは、制御回路の実現方法である。デジタル制御では、出力電圧の大きさをA-D変換器を使ってデジタルデータとして検出する。それを基にデジタル信号処理回路で操作量を演算し、デジタルPWM信号発生器を介してスイッチング素子(パワーMOSFET)の駆動用パルス信号を生成する。アナログ制御では、こうした処理を誤差アンプと補償器、アナログPWM信号発生器を使って実行していた。電力を扱うスイッチング素子やフィルタ(インダクタとコンデンサ)、出力電圧検出用の抵抗分圧器、入力コンデンサなどは、デジタル制御でもアナログ制御でも変わらない。なお、デジタルPWM信号発生器は、出力パルスの時間幅が離散的な値をとる(時間分解能を有する)PWM信号を発生する回路である。

負荷の複雑化で脚光を浴びる

 デジタル制御で先行するこれらの分野とは異なり、組み込み用途のスイッチング電源でデジタル制御が注目を集めるようになったのは、比較的最近のことである。2000年代に入って、旧来のアナログ制御では対応が難しい要求が生まれたのがきっかけだ。

 背景の1つは、電源の供給を受ける負荷側が複雑化したことにある。マイクロプロセッサやFPGAといった最先端の半導体プロセスで製造するチップの機能集積化が進んだ結果、そうしたチップに電圧値が異なる複数の電源を供給し、さらに各電源のシーケンスや電圧値、オン/オフのタイミングを細かく、場合によっては動的に制御する必要が生まれた。

 アナログ制御でも対応は不可能ではない。しかし、複雑な回路が必要で、部品点数も増大してしまう。小型と低コストという、電源にとって普遍的な要件を両立し続けることは困難になっていく。

 デジタル制御ならば、これに応えやすい。電源側で、デジタル信号処理を実装したマイコンやDSPのプログラムを書き換えたり、プログラムが参照する特性設定用パラメータの値を変更したりすれば、電源回路の部品や結線といったハードウェアを変更することなく、ソフトウェアの変更で電源の特性を定義できる。しかもマイコンやDSPにはI2CインタフェースやSMBusなどのデジタルインタフェースが標準的に搭載されているので、それらを介して、電源を組み込む機器のホストシステムと通信することが可能だ。システム側から指示を受けて電源の動作を調整するといった、高度な機能を実現しやすい。

普及を阻む壁が崩れ去る

 こうした背景から、2000年代の半ばには、電源メーカーや大学などの研究機関がマイコンやDSPを使ったスイッチング電源の研究開発に着手した。時を同じくして、米国を中心とする海外の半導体ベンダーがスイッチング電源のデジタル制御に特化した専用ICを次々に投入した。しかし、その後、製品として市場に供給される電源モジュールにデジタル制御の適用が一気に進んだかといえば、そうではない。電源メーカーや半導体ベンダーが思い描いたようには、デジタル制御の普及は進まなかった。

 市場での普及を阻んだ最大の壁は、価格である。コーセルの長原邦明氏は次のように語る*1)。「電源の市場では常に、小型で、負荷変動に対する応答が速いことに加えて、高効率・低損失、多機能・高機能の製品が求められる。しかし最後に必ずついて回るのは、コストが低いことだ。性能とコストのバランスである。性能が良いというだけでは、買ってもらえない」。

 さらに同氏はこう続ける。「一昔前、マイコンやDSPは、性能がそれほど高くないにもかかわらず、値段は意外に高かった。電源の性能も電源に求められるレベルもそれほど高くなかったという時代のことだ。そういう時代に取り組んでいたデジタル制御電源は、コストも性能もアナログ制御にかなわなかった。しかし電源のユーザーにしてみれば、重要なのはデジタル制御かどうかではなく、コストに見合った性能が得られるかどうかだ」。それならば、デジタル制御を使う意味はない。

 しかし今、状況は変わってきた。「マイコンもDSPもさまざまな機能が付加されて、性能も上がり、それと同時にコストも低くなってきた。低価格でデジタル制御を実現できる状況が、いよいよ整いつつある」(長原氏)。

*1)日本能率協会が主催し、2011年7月20〜22日に開催した「TECHNO-FRONTIER 2011」の「第26回 スイッチング電源技術シンポジウム」に設けられたセッション「進化するデジタル制御技術」で語った。同氏はこのセッションでコーディネータを務めた。本稿の冒頭に引用した同氏のコメントも、このセッションで述べたものである。

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