既存技術を使ったモノのインターネットの実現で今、先頭を走っているのはIBMだろう。例えば、データセンターのサーバによって生じる熱と湿度を最適化するために同社が開発したワイヤレスセンサー「Mote」は、ニューヨークのメトロポリタン美術館で絵画を保護するために採用された(図2)。さらに同社は、これまでに培った無線高周波技術を流用し、南欧のマルタ共和国でアナログ方式の旧型メーターを全てスマートメーターに置き換えたスマートユーティリティグリッドを実現している。また、カナダのアルバータ州の州都であるエドモントンでは、クラウドベースの解析技術を使って、既存のインフラを活用して交通の流れをリアルタイムに把握できるようにし、交通管理を最適化している。
もう1社、モノのインターネットで先行するのがHewlett-Packard(HP)である。同社は最近、IBMが10年前にそうしたように、PCを中心に据えた「1人に1台のコンピュータ」という形のビジネスモデルを捨て去った。そしてHPもIBMのSmarter Planetに似た「Central Nervous System for the Earth(CeNSE)」戦略を介して、自社をサービスプロバイダと位置付けた再投資を加速している(図3)。
これらの2社はいずれも今、立ち上がり始めたモノのインターネットに向けて、センサーから通信、クラウドベースの解析処理に至るまで、あらゆる階層の技術要素の統合に取り組んでいるところだ。その狙いは、世界中にちりばめられた何兆個ものノードから「ビジネス的な価値」を抽出することにある。
HP LabsのシニアフェローであるStan Williams氏は、この取り組みについて、「何かのウィジェットを作ろうといった話ではない」とし、センサーからネットワーキング、ストレージ、サーバ、ソフトウェア、解析処理まで全てを含んだ垂直型のソリューションとして、「完全な知覚システムを構築するという話だ」と述べている。同氏はさらに、HPは「部品を販売するつもりはない」と話す。「当社が提供しようとしているのは、リアルタイムの認知によって得られる途方もなく巨大なデータストリームから抽出した、“行動を起こせる情報”だ」。
モノのインターネットによって生まれると期待されるアプリケーションは、SF(サイエンスフィクション)が描く夢をも超える可能性をもたらしている。Intelのシニアフェローで、同社のArchitecture GroupのジェネラルマネジャーとDatacenter and Connected Systems GroupのCTO(最高技術責任者)を兼務するStephen Pawlowski氏は、「もし自分のエンジニアとしてのキャリアが今から始まるなら、どんなに素晴らしいか。これからの10年は、エレクトロニクスのイノベーションの歴史で最もエキサイティングな時代になるだろう」と語る。
モノのインターネットは、既に我々が直面している課題――例えば、自動化とモニタリングが導入された住宅で、シニア世代が安全かつ快適に、“住み慣れた場所で老いる”ことを可能にするなど――についても、現時点ではまだ認識していないような将来のニーズについても、両方に対してソリューションを提供し、人々の暮らしを改善できる可能性を秘めている(図4)。
ただ、Texas Instruments(TI)のR&Dマネジャーで、同社のKilby Labsで所長を務めるAjith Amerasekera氏が指摘するように、「人は、何かが必要になるまで、それを必要としないものだ」。すなわち同氏の言葉通り、「モノのインターネットが提供する無限の可能性のうち、人々は何を本当に望むのか」という疑問の答えは、やがて市場が出すことになるだろう。
同氏は1つのアイデアとして、次のような“スマートルーム”を思い描いている。中にいる人物が誰かを認識し、その人の好みに合わせて、例えば照明や温度、湿度、エンタテインメントなど、さまざまな設定を自動的に調整する部屋だ。さらに、その人の健康管理上の要件に応じて、モニタリング機能を調整することもあり得るという。
「やがて、コーヒーカップすらネットワークアドレスを持つようになるかもしれない」(同氏)。カップの中のコーヒーの残量を検知して、コーヒーメーカーに対してもっとコーヒーを作れと信号を送るわけだ。ただし、「今の時点では、こうした無限の可能性を評価することすら難しい」(同氏)。
モノのインターネットを生かした消費者向けアプリケーションでは、制御とモニタリング、診断が共通のテーマになる。こう指摘するのは、市場調査会社である米国のGartnerで無線分野の調査ディレクターを務めるMark Hung氏だ。同氏は、アプリケーションの開発者たちが、「テレビゲームの中の爆発シーンに同期させて、リビングルームの照明を点滅させるといった、シームレスな(つなぎ目の無い)ユーザー体験を作り出すことに目を向けるようになるだろう」とみる。そしてゲームのユーザーは、そのような機能を「現在、ゲームの動画と音楽が同期しているのと同様に、当たり前だと思うようになる」(同氏)と予想する。
もし住宅にモノのインターネットが導入されたらどうなるのだろうか(図5)。それをいち早く経験したいなら、次のラスベガス旅行で「Aria Resort and Casino」に宿泊することをお勧めしよう。このホテルに構築されたZigBeeネットワークには、8万個を超えるデバイスがつながっている(図6)。そして、4500の客室それぞれにも、10個を超えるモノのインターネット対応デバイスが配備されているのだ。ドアロックや照明、窓の日よけ、エアコン、テレビ、ラジオ付き時計、リモコンといった“スマートデバイス”群である。宿泊者はベッドの横にあるディスプレイを使って、時間帯や、選択したアクティビティ、あるいはそのときの気分に応じて独自の「シーン」を設定でき、それに合わせてスマートデバイス群のさまざまなパラメータが調整される仕組みだ。
米国のZigBeeチップベンダーであるEmberでCEOを務め、このホテルのZigBeeネットワークの構築に参加したBob LeFort氏は、人類の未来はテレビアニメの「宇宙家族ジェットソン(The Jetsons)」のようにはならないと話す。つまり同氏は、モノのインターネットを利用したアプリケーションでは、“設定後は操作不要(いわゆるset-and-forget)”という方式が中心になるとみる。その方が、「人々をもっと能率的に、その生活をより安全にできる。一言で言えば、あらゆることをもっと便利にできる」(同氏)からだ。
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