図2では、SiC FETの出願状況をまとめました。各社のSiC FETに対する技術開発が2010年に一段落したように見えます。特許出願件数の激減は、各企業が本格的な事業化に向けた準備に取り組んでいる段階にあるためと考えられます(図2下の別掲記事:事業開発の過程と特許出願件数の増減を参照)。
なお、デンソーとトヨタ自動車の2009年までの特許出願動向は、2012年5月にデンソーが公表した小型SiCインバータ(トヨタ系3社の共同開発)につながるものと考えられます(関連記事)。
大企業の小規模事業部門だけでなく、各企業の新事業分野の技術開発部門では、技術開発に専念している時期に、特許出願件数が増加します。そして、製品化に専念している時期には特許出願件数が減少し、製品発表時期に特許出願件数が再び増加するという傾向があります。開発人員が限られた大企業の小規模事業部門や各企業の新事業部門では、技術者総動員体制で製品発表に取り組むため、こういった特許出願件数の傾向が現れるのです。
このような特許出願動向は、当初基本的な特許出願であったものが、周辺技術特許や製品直結型特許に変わることからも確認できます。そして、注目技術分野の発明者数の増加(あるいは新たな発明者名の増加)が始まることからも、容易に確認できます。
図3に示したSiC JFETの特許出願動向には、以下の技術開発取り組みが反映されていると考えられます。JFETはデバイス内部の電流が基板と平行な方向に流れる横型構造のデバイスであり、デンソーや住友電工がSiC JFETを意識した技術開発を進めています。
住友電工はドレイン-ゲート間にRESURF(表面電界緩和)構造を採用した高耐圧かつ低損失のRESURF型SiC JFETを開発したことを2005年9月に公表しています*4)。
デンソーは既に2005年に、SiC JFETの試作結果を公表しており、同社のSiCパワー半導体への取り組みが長期的なものであることが分かります*5)。
SiC JFETはSiC FETと比較して、信頼性やチャネル移動度の点で有利です。そこで、豊田中央研究所はSiC JFETの課題である、ノーマリーオフ化と高速スイッチングを両立する4極管構造の低帰還容量SiC VJFET(Vertical JFET)を1998年に提案し、検討結果を公表しています*6)。
*4) 住友電工の技術論文誌、SEIテクニカルレビュー(PDF)。
*5) デンソーの技術論文誌、デンソーテクニカルレビュー(PDF)。
*6) 応用物理学会SiC及び関連ワイドギャップ半導体研究会第7回個別討論会ポスターセッションの要旨
2009年末に、新電元工業と共同開発中のSiC BJTを発表して注目されたホンダですが、図4から分かるように、現在では技術開発意欲をなくしたと考えられます*7)。
現在、SiC BJTの技術開発に意欲を示している企業・研究機関には、三菱電機、トヨタグループ(デンソー、トヨタ自動車、豊田中央研究所)があります。米Creeは海外企業であるため、日本へは優先権主張での出願となり、最低でも1年遅れの日本特許出願となることを考えれば、同社は日本に積極的な特許出願を行っていると見るべきです(関連記事:1200V耐圧のSiCバイポーラトランジスタ、オン抵抗は17mΩ――フェアチャイルドセミコンダクタージャパン)。
*7) 応用物理学会SiC及び関連ワイドギャップ半導体研究会第18回講演会のプログラム(PDF)。
特許は権利維持にも費用が掛かります。そのため、特許権の維持や放棄にも企業の経営意思が反映されます。例年、米国登録件数のトップを占めるIBMでは、登録4年後の権利維持年金支払い時期に当初登録特許件数の約2割をカットし、8年後の維持年金支払い時期に当初登録特許件数の半数を削減しています。IBMほどには徹底できないまでも、各企業とも同じような方法で費用対効果のバランスを取っています*A-1)。
台頭しつつある新興企業の場合、既存企業の権利維持放棄予定登録特許を購入して、他企業からの特許攻勢をかわすという手段があります。既存企業は登録特許を売却し、自社への特許攻勢には交渉と契約で縛りをかけ、自社保有特許の実効的な権利維持期間を延長維持できるわけです。こうすれば、既存企業(=自社)と登録特許を購入した企業(=特定の新興企業)だけが、登録特許に相当する技術を利用できる状況を構築することができます。
IBMの新興企業への特許権の売却は、このケースに相当するといえるでしょう。これは交渉力と契約力を駆使した知財戦略であり、撤退事業の知的財産権の売却よりも高度なものといえます*A-2)。
*A-1) 「企業活動における知財マネージメントの重要性−クローズドとオープンの観点から−」『赤門マネジメント・レビュー』9(6) 405-435
*A-2) IBMの売却特許の検索(該当特許/売却先)が可能なWebページ。新興企業の購入特許検索(該当特許/購入先)も実行できる。無料データベースであるため、売却者と購入者を同時に指定した特許検索はできない。
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