DRAMに近い高速性と書き換え耐性が得られる次世代不揮発メモリとして注目されるMRAM。これまでに製品化されていたトグル方式のMRAMは記憶容量に制約がありDRAMを置き換える応用は難しかった。この状況が変わる。大容量化の有力手段として期待がかかるスピン注入方式を使った、新型MRAMの製品化が始まった。
次世代の不揮発性メモリの1つMRAM(Magnetoresistive RAM:磁気メモリ)は、揮発性メモリであるDRAMに近い高速性と書き換え耐性を得られることから注目を集めている。製品化で先行するのが米国のアリゾナ州に本社を置くEverspin Technologiesだ。同社はFreescale Semiconductorが手掛けていたMRAM事業を2008年6月に分社化して誕生した企業であり、分社前の2006年から製品を市場に供給している。現時点で100品種を超える製品をラインアップしており、これまでに累積で700万個を超える出荷実績があるという。顧客企業についても、既に500社以上を獲得済みだとしている。
ただし旧来のMRAMには記憶容量の制約があり、最大容量品でも16Mビットにとどまっていた。旧来のMRAMはトグル方式と呼ばれるもので、磁界を発生させてメモリセルの「磁化の方向」を切り替え(トグルさせ)、それによって論理データを記憶する。トグル動作には一定の大きさの磁界が必要だが、メモリセルを微細化すると磁界は小さくなってしまう。このため微細化による高密度化が難しく、記憶容量はDRAMに遠く及ばなかった。
そこでこの課題をクリアする新型MRAMとして期待がかかるのが、スピン注入磁化反転型MRAMである。「ST(Spin Torque)-MRAM」や「STT(Spin Torque Transfer)-RAM」などと呼ぶ。磁界を使わずに電子のスピンを用いて磁化の方向を切り替える方式をとり、メモリセルの微細化に対応可能だ。
この新型MRAMの製品化がいよいよ始まった。Everspin Technologiesが64Mビット品「EMD3D064M」を製品化し、一部の顧客企業に対して限定的にサンプル出荷を開始したことを2012年11月に発表したのである。同年12月に日本国内の顧客訪問を目的に来日したEverspin Technologiesの幹部は、EE Times Japanに対し、「市販品としてST-MRAMをサンプル出荷するのは、これが世界初だ」(Vice President, Worldwide Salesを務めるScott Sewell氏)と説明した。既に顧客企業がサンプル品の評価を進めているという。
同社は、このほど製品化したST-MRAMの64Mビット品でまず、RAIDストレージやSSD(Solid State Drive)にバッファメモリやキャッシュメモリとして組み込まれているDRAMの置き換えを狙う。これにより、「これらストレージデバイスの電断時のデータ保持性や書き換え耐性を改善できる」(Sewell氏)という。DRAMからの置き換えを容易にするため、インタフェースはJEDECが規定するDDR3 SDRAM仕様との互換性を確保した。データ入出力性能は入出力端子当たり1600MT(Million Transfers)/秒、パッケージ当たりの入出力帯域幅は3.2Gバイト/秒である。
Sewell氏によれば、今回の64Mビット品は90nm世代のCMOS技術で製造する。ただしこのST-MRAMのセル構造は「20nm世代の微細化にも対応可能だ」(同氏)としており、今後は製造技術の微細化を進めることで記憶容量がさらに大きい品種を投入してく考えだ。
具体的には、「これから12〜18カ月後には256Mビット品を提供できる見込みだ。そこから20カ月程度で、1Gビット品を製品化できるだろう。すなわち、2015年にはST-MRAMがギガビット級の時代に突入する」(同氏)としている。
なお日本国内では、東京エレクトロン デバイスの関連会社であるパネトロンがEverspin Technologiesの製品を取り扱っている。
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