どれだけ周到に準備をしたとしても完全には回避できない――。悲しいかな、トラブルとはそういうものです。悪天候でフライトがキャンセルされたり、怖い兄ちゃんが地下鉄に乗り込んできたり、“昼の”歓楽街でネーチャンにまとわりつかれたり……こういうものは、はっきり言って不可抗力です。実践編(海外出張準備編)の後編となる今回は、万が一トラブルに遭遇した場合の初動方針についてお話します。
われわれエンジニアは、エンジニアである以上、どのような形であれ、いずれ国外に追い出される……。いかに立ち向かうか?→「『英語に愛されないエンジニア』」のための新行動論」 連載一覧
22歳の時、私はインドの旅の途中、ニューデリーの安宿(ドミトリー)で倒れました。
原因は、私にあります。私は、ドミトリーに誰かが忘れていった(と思っていた)、ペットボトルのミネラルウォータを、「ラッキー!」とばかりに一気飲みしたのです。キャップの状態も、ろくに確認もしないままに。
今となっては確信しているのですが、あのペットボトルに入っていた水は「生水」であったと思います。当時のインドにおいて、生水とは「歯を磨いた後、口をすすぐだけでも下痢をする」と言われているくらい危険な飲料だったのです。その生水を一気飲みするということが、何を意味するのかは明らかです。私はその後、3日間にわたって、文字通り死線をさまようことになります。
消化器系の臓器が全て溶け落ちて、肛門から排出されているのではないかというくらいの、すさまじい下痢。それはもう、肛門から、小便ばかりか体液まで絞り出されているかのような、想像を絶する激痛と脱水状態。同室の外国人に、大量の水を購入してもらったのですが、10分おきにトイレとベッドを往復する以外には何もできず、やがて、それすらも不可能な状態となりました。
高熱でもうろうとする中、私は生まれて初めて「死」を覚悟しました。
さて、そんな死線をさまよっていた私を、同じドミトリーに宿泊していた日本人のバックパッカーたちは置き去りにしました。私が赤痢かコレラに感染しているといううわさが、その安宿の中で立っていたためのようです(後で聞きました)。
しかし、私は、その時も、そして今でも、彼らのことを一片たりとも恨んではいません。
彼らが正しいのです。
伝染病にかかった人間(その可能性がある場合も含む)に関わって、感染するのは愚の骨頂です。この場合は、「見捨てる」が絶対的に正しい選択です。私でも同じことをすると断言できます。
ではなぜ、私が現在、この原稿を執筆できているかというと、同じフロアにいた外国人女性が助けてくれたからです。彼女は手ずから、食塩を振った白米のご飯をスプーンで食べさせてくれ、そして4日目の朝、私が立ち上がれるようになった時には、もうドミトリーから旅立った後でした。「感動」という言葉だけでは違和感を覚えます。あえてそれを表現するとすれば、「何か不思議なものが私に触れて、そして去っていった」というフレーズが、一番しっくりきます。
まあ、それはさておき。
繰り返しますが、私は、私を見捨てた人たちを、まったく恨んでいません。
私たち英語に愛されないエンジニアは、異国の地において、「仲間を見捨てる者となること」を恐れてはならず、「仲間から見捨てられる者となること」を覚悟しておかなければなりません。
私たち自身が、生きて日本に帰るために。
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