池田氏 NIDaysには自動車エンジニア以外の方もたくさん参加していますが、“本質でモノを作る”というのは、どの分野のエンジニアにも通じるお話ですよね。
水野氏 基調講演でも話しましたが、GT-Rのエンジンは、800℃ではなく1200℃でガソリンを燃やすように作られているだけです。タイヤのグリップだって、中学校で習う理科を応用すれば最大グリップ点がちゃんと出る。理論に基づいて作っているわけですから、誰が作ったって一緒のモノができる。そして、それ以上のモノはできない。これが、物事の本質でモノを作るということなんです。
僕はゴーンから辞令が出て2週間後にGT-Rの構想を出しました。そしたらゴーンに「本当にこんなクルマが作れるのか」と聞かれたんですよ。「やる」と言ったら「それならGoだ」と。Goが出て、まず取り組んだのが計測器の開発でした。
池田氏 当社はLabVIEWを中核とする計測/制御プラットフォームを提供していますが、自動車の分野でも使われています。ルネサス エレクトロニクスは、電気自動車やハイブリッド自動車向けのマイコンを開発する際に、自動車メーカーと同様の開発環境を構築するために、LabVIEWをベースにしたHILSシステム*1)を取り入れました。従来のシステムとそん色のない性能を実現したにもかかわらず、格段にコンパクトで安価に開発環境を構築できたと聞いています。
*1)HILS(Hardware in the Loop Simulation)は、仮想的なモデルと実機を連動させて、システム全体が稼働している状態を再現しながら、実機を評価するシステムである。
水野氏 池田さん、あと15年早くナショナルインスツルメンツのツールを僕に紹介してくれていたら、僕の苦労は半分で済んだのに! 僕が思い描いていた計測システムの半分くらいは、ナショナルインスツルメンツのプラットフォームで解決できたはずですよ。
池田氏 開発プロセスの最初から最後までを一貫してデータ計測する、ということが大事ですから。総合的な計測システムの開発を、GT-R開発の第一段階で行ったというのは、やはりすごいと思います。
水野氏 「これまでにない新しいクルマを作る」と口で言っても誰もイメージできない。でも、実際に試作車を作り、走らせてデータを取って、そのデータを見せて「これは、こういうことなんだ。だからこうしたいんだ」と伝えれば、「ああ、水野さんはこういうクルマを作りたいんだね」と初めて理解してもらえる。僕の頭にある構想をデータによって“翻訳”したわけです。新しいモノを作るときほど、翻訳はすごく大事になる。翻訳してくれるものは、計測器しかないから。
池田氏 統一言語で話すというのが大事ですよね。
水野氏 そう。“Wao(ワオ)!”という驚きもデータで作れてしまうんです。ポルシェとかフェラーリとか、世界に名だたるスーパーカーというのは、停止した状態から時速100kmまで3.5秒で加速する。この加速で体感するGがありますよね。で、3.5秒のときというのは、体は動くんです。ところが、これを2.7秒*2)にすると人間の体って指先しか動かない。そうするとGのかかり方が全然違うように感じるからびっくりする。アクセルの踏み方、ハンドルの踏み方なんかをどういう風にすればドライバーから“Wao!”を引き出せるかというのは、全部データで解析できてしまうんです。データが人の感性を翻訳している。データで感性は作れてしまうんです。
*2)対談時のGT-Rの最新モデル(2013年モデル)は、0から時速100kmまで2.7秒で加速する。
池田氏 データを取ることで、感情や感性を見える化した、ということですね。そして、そうした感性を導き出すためには、データから“逆算”して設計に生かせばいい。これはエレクトロニクスの世界にも通じるものがありますね。ユーザーに「Wao!」と言ってほしいから、モノを作るわけで。
水野氏 人間のレスポンスって0.2秒と言われてるんですよ。例えばPCのマウス。マウスを動かした方向に追従するのが0.2秒以内だと速すぎると感じるけど、0.2秒以上だと今度は遅くてストレスを感じる。人間の、こういう体の作りを変えることは誰にもできない。だから、売る対象を人間にしてモノを作るというのは簡単なんです。
池田氏 人間の“伝達関数”を測りながら、設計に応用すればいいんですね。
水野氏 先ほども言ったように、人間の体というのは誰も作り変えることができない。だからモノを作るときは人間の感性に訴えてモノを作ればいいんです。こう考えれば簡単でしょう? 結局、人とは何ぞや、計測とは何ぞや、データとは何ぞや、ということを突き詰めないから右往左往してしまう。
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