ルネサス エレクトロニクスの那珂工場では火災からの復旧作業が急がれている。ただ、目指すべきは「復旧」だけでなく、「改革」を念頭に置かねばならないのではないか、と考えざるを得ない。
2021年3月19日未明に発生したルネサス エレクトロニクス(以下、ルネサス)那珂工場の火災は、ただでさえ半導体不足に悩まされていた自動車業界にとって、まさに「泣きっ面に蜂」の状態になった。筆者はこれまで、車載マイコンの不足問題は年央あたりにある程度、解消のメドが立つのではないか、などと予想していた。だが、今回の火災事故でこの問題は年内では収まりがつかないような見通しになってきた。関係者の方々におかれては、一刻も早い工場の再稼働、現場の復旧、生産計画の見直しなど、今回の有事の対応に腐心されていると思う。ただ、目指すべきは「復旧」だけでなく、「改革」を念頭に置かねばならないのではないか、と考えざるを得ない。
ルネサスはちょうど10年前の3月にも、この那珂工場が東日本大震災で被災し、生産再開までに3カ月、震災前の生産能力に戻るまでに180日を要した。当時はNECエレクトロニクスとルネサス テクノロジが事業統合した1年後。巨大化した組織のリストラを行っている最中の出来事だった。同工場の復旧を懸念する声も聞かれたが、よくぞ3カ月で再開にこぎ着けたものだと思う。この時は一刻も早い復旧を目指すことで、新生ルネサス エレクトロニクスの事業を軌道に乗せることが何よりも重要な時期だった。産業革新機構による出資が具体的に検討されたのも、復旧作業の真っ最中だった、と筆者は記憶している。
一方、今回の火災による被害は、10年前の震災を上回る可能性が高い(同社社長兼CEO柴田英利氏)という見方もあり、復旧までに東日本大震災被災時以上の時間を要する可能性も出てきた。詳細はルネサスから公表される情報やコメントを見ながら確認するしかない。だが、どうしても気になるのは前回とは自動車業界の置かれている状況が大きく異なる点である。全力で復旧を目指すことはもちろん必要だが、果たして「元の状態に戻る」ことが最善なのかどうか。ルネサスもその関係者も、この点をよく考えざるを得ないのではないだろうか。
自動車業界はCASEに代表されるように100年に1度の大変革の真っただ中にいて、従来の自動車メーカーのビジネスモデルやサプライチェーンを見直さねばならない状況下にある。例えばルネサス那珂工場で量産中のエンジン制御用マイコンは、モーター駆動の電気自動車(EV)に搭載されることはない。当面はハイブリッド車が中心となることを考えれば、100%モーター駆動のEVが主役になるのはまだ10年以上先のことかもしれない。しかし、EVへのシフトは従来の自動車メーカー各社が想定していたよりも速いスピードで進んでいる。特にEVに特化したTeslaの事業戦略を見る限り、リチウムイオン電池の増産計画やEVの価格下落動向は、これまでの常識を覆す勢いで進められているのだ。Teslaの時価総額はトヨタ自動車を抜いて自動車業界ナンバー1になった。少なくとも株式市場では、Teslaが今後の自動車業界をけん引する、という見方が強まっている証左だろう。
ちなみにTeslaは、顧客が自社製品を購入する際、走行時のデータをTeslaがモニタリングすることに同意するよう求めているそうだ。世界中の顧客の走行データがビッグデータとして同社に集約される仕組みになっているという。膨大なビッグデータを解析することで製品の改良を重ね、顧客は常に最新のアプリケーションをダウンロードできる。ハードウェアの改良にも活用されていて、部品の選定や評価にもこれらのビッグデータが利用されるなど、Teslaの製品はクルマというよりもスマホのような感覚に近い。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.