このように気前良く資金を提供してきたにもかかわらず、米国が世界半導体市場におけるリーダーシップを失ったということは、米国メーカーにおいて金融工学が重要視され過ぎたといえるのではないだろうか。こうした米国メーカーの大勢の上級幹部や、SIAのディレクターたちが、最近バイデン大統領に宛てたCHIPS Actを支持する書簡に署名したのである。
米国は、政府が投資において中心的な役割を担うことにより、最先端技術分野において世界的リーダーの座を獲得してきた。しかし、政府投資が成功を収めたのは、大手企業が参加した場合のみに限られている。国家的な半導体産業を構築するためには、520億米ドルをはるかに上回る投資金額が必要であり、おそらくそれは一国の政府だけで支払えるような額ではない。米国政府は、無用の長物を生み出さないよう注意する必要がある。
政府と民間企業との協業は、関連企業が“利益確保と再投資(retain-and-reinvest)”状態にある場合に、成功に向けた絶好のチャンスを得ることができる。企業が利益を確保した上で、生産能力への再投資を行うということだ。Lazonick氏によると、現在のところまだ多くの技術メーカーが、“優位性確保と分配(dominate-and-distribute)”状態にあるという。これは、過去に確立した強さに基づいて、業界における優位性を確立しているが、収益の分配に関しては株主を最優先しているという状況である。
米国議会は、CHIPS Actを可決するにあたり、難しい課題に直面している。SIAやSIACから、「メンバー企業がこの先10年間、株式買戻しを行わないようにする」という誓約を取り付ける必要があるのだ。
長期的には、議会は、「Securities and Exchange Commission Rule(米国証券取引委員会規則)10b-18」を廃止して買戻しを阻止すべきだろう。この慣行があるために、企業は自社株の買戻しや消却に大金を投じることができる。発行済み株式を減らすことにより、株価を大きく押し上げることが可能なためだ。
Lazonick氏はこの10b-18を、「不正利得を許可するライセンス」と呼ぶ。
企業にとって10b-18規則は、公開市場における自己株式取得(OMR:Open Market Repurchase)として株式買戻しを行う際の、“セーフハーバールール(安全港の規則)”となっている。いかなる取引日においても、OMRが過去4週間にわたって一日平均出来高(ADTV:Average Daily Trading Volume)の25%を超えていなければ、株価操作の罪を問われることはない。つまり“セーフハーバー”とは、「企業がADTVの25%の範囲内でOMRを行うのであれば、株価操作の罪には問われないということが自動的に推定される」ということを意味する。
Lazonick氏は、「企業の上級経営者たちは内部情報を持っていて、ヘッジファンド経営者たちは企業がOMRを行うタイミングを知っている。このような上級経営者とヘッジファンド経営者はいずれも、自社の実現利益を押し上げるべく、保有している株式の売買を行うタイミングを決定する立場にある」と述べる。
政府が、工場建設のために数十億米ドル規模の投資を行ったとしても、成功する保証は全くない。むしろ、“投資に貢献するような環境を作るための投資”になるのではないだろうか。日本政府とTSMC、ソニーが最近、工場建設のための合弁事業を開始したところだが、これは巨大な投資リスクを分散するための優れた手法だといえる。
【翻訳:田中留美、編集:EE Times Japan】
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