トランプ政権による関税政策は、米国内の産業強化には逆効果であることが明らかになってきた。米国企業や米国民の負担を増加させ、同盟国を遠ざけている。そして中国の勢いを削るどころか、むしろ中国のテクノナショナリズム的野望を強める手助けをしている。
世界情勢は現在、優れた技術を持つことが国家安全保障や経済力に密接に結び付く「テクノナショナリズム(技術国家主義)」の傾向が強まっている。こうした中で、激化する米中間の競争において、半導体業界が戦いの中心地となっているのだ。
トランプ政権は半導体業界に対し、懲罰的関税と企業への直接介入を特徴とする対応をとっている。これは、数十年間にわたる米国の正統派経済学説との「深刻なイデオロギー的断絶」を表している。
評論家たちが「関税の誤謬(ごびゅう)」と名付けたこの対応は、無益な策略であることが明らかになってきた。米国製造業の復活や中国の抑制を実現するには程遠いどころか、「深刻な経済的自傷行為」を引き起こし、同盟国を遠ざける。そして最も危険なのは、これが中国がテクノナショナリズム的野望を強める明確な戦略的機会を生み出しているという点だ。
この戦略の中核となっているのは、輸入半導体/コンピュータチップに100%もの高額関税を課すという脅しである。
トランプ大統領は「米国内で製造するなら関税は課されない」という取引条件を明示している。表面上は米国内への企業投資を奨励するためのように見えるが、この手法は、半導体製造の複雑な課題を根本的に見誤っている。
それは、半導体製造の基本的な経済性だ。米国で最先端の製造工場を建設/運営する場合、アジアよりもはるかに高額なコストがかかるのだ。業界リーダーたちもこの事実を認識している。
世界最大の半導体ファウンドリーであるTSMCは、投資家たちに向けて「米国事業のコスト上昇によって、会社全体の粗利益率が2〜3ポイント低下することになる」と公言している。関税は、国内製造を推進するためには役に立たず、輸入品に対して懲罰的なコストを加えるだけだ。
さらに、関税免除によって得られる「インセンティブ」は、ほとんどが無意味なものだ。TSMCやSamsung Electronics、Intelなどの大手半導体メーカーは、新しい関税政策の脅威が広がる以前から、既に米国内の新工場に数十億米ドル規模の大規模投資を進めている。
大規模投資の背景には、2022年の「CHIPS and Science Act」(CHIPS法)による巨額の補助金のほか、潜在的に不安定な台湾に拠点を集中させずサプライチェーンを多様化させるという、地政学的な要請がある。
関税は、こうした大手メーカーが既に行っている活動に対して報酬を与えるものであり、追加投資を引き出すことにはならない。実際、一部のアナリストからは「このインセンティブでは、企業は政治家を満足させる程度の米国投資を行うだけで、他に必要なものは輸入を続けることになるだろう」との声がある。
こうした政策は、資金力のある大規模企業を明らかに優遇しながら、中小企業は冷遇するいう、二重構造のシステムを生み出した。
関税によって多くの投資が促進されたとしても、「技術格差」と「人材格差」という重大な弱点には全く対応できていない。例えば、TSMCのアリゾナ新工場はN4プロセス技術で製造を行っているが、台湾で既に始動している最先端のN2プロセスと比べると、まるまる2世代の後れを取っている。
さらに、米国は2030年までに半導体業界の技術者が6万7000人不足する可能性がある。これは関税では対応しようがない、重要な人材パイプラインの問題だ。
Appleの6000億米ドル投資のような大規模投資の誓約であっても、通常はサーバ製造やデータセンター、企業キャンパスなどの幅広い分野に対応するものが多く、「国内の最先端半導体製造の不足」という特定の課題解決に直接関与することは少ない。
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