おそらく最も深刻かつ皮肉な結果といえるのは、このような米国政策で最大の利益を得るのが、まさに米国が制約の対象としていた中国だという点だ。徹底的な輸出規制と懲罰的関税を特徴とする米国の攻撃的/敵対的姿勢は、自立を巡る中国国内の議論を実質的に終わらせることになった。
米国の措置によって、習近平国家主席の政策は「完璧な政治的正当性」を得て、中国において技術的自立は国家安全保障のために必要不可欠なものと位置付けられた。半導体業界向けの475億米ドル規模の投資ファンドを含む国家主導の多額の投資が行われている。複数の分析結果からも結論付けられているように、米国の政策は、「意図せずして中国の国内イノベーション推進を加速させることになった」のである。
10nm以降の最先端チップに中国がアクセスするのを米国政府が阻止しようとする一方で、中国政府は28nm以前の成熟プロセスで世界市場を支配しようと見事な戦略を実行している。
これらは世界経済の主力製品であり、自動車や産業ロボット、民生機器などの業界に必要不可欠だ。中国はこうした分野にターゲットを絞り、2024年だけでも18件以上の新工場を建設するというペースで前進している。
中国政府は、国家の助成を受けた低コストの成熟プロセス半導体を世界市場に大量投入することで、グローバルな「中国依存」の構図を新たに形成し、米国が支配している難所をうまく回避しようとしているのだ。
Taiwan Instrument Research InstituteのアソシエイトエンジニアであるClaire Lin氏は「『1つの世界、2つのシステム』が急速に現実になりつつあるようだ。世界半導体業界全体の発展は、米国が主導する最先端プロセス重視型のサプライチェーンと、中国が主導する成熟プロセス重視型のサプライチェーンに二分されていくだろう」と述べている。
さらに、一方的な関税政策は、米国最大の戦略的資産である同盟国とのネットワークも摩耗させている。米国は、主要な同盟国に関税を課したり、関税を課すと脅しをかけることで混乱や不満の種を播き、「米国以外とも協力関係を結ぶ」というリスクヘッジの強力な動機を与えてしまったのだ。
中国はこうした隙間に積極的に入り込み、欧州で対外的な「魅力攻勢(チャームオフェンシブ)」をかけ、「デジタルシルクロード構想」を拡大させている。米国の政策は、極めて民主的かつ技術的に優れた国々との間に亀裂を生じさせ、中国が地政学的な取り組みを効果的に行えるよう手助けしていることになる。
「輸出規制によって中国を完全に先進技術から切り離せる」という米国の想定は甘すぎたことが証明された。中国企業は、ペーパーカンパニーおよび仲介業者の活用や、海外人材の積極的な採用などによって、この輸出規制を非常にうまく回避している。
さらに重要なのが、こうした圧力によって、中国独自の非常に優れたイノベーションが促進されたという点だ。それを実証する例として、Huaweiが2023年に、中国SMIC製の最先端の7nmチップを搭載した新型スマートフォンをリリースしたことが挙げられる。中国の進展を阻止しようした米国の取り組みは失敗だったことが明示された。
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