また同氏は、Motorolaの取締役会が米国人以外で初めて選出したコーポレートバイスプレジデントでもあった。しかしその後、同氏は故郷を恋しく思うようになり、さらに同氏と妻の両親も高齢になってきたため、1980年に当時のイタリアでは唯一のマイクロエレクトロニクスメーカーだったSGS GroupのCEOの職を打診された時、「母国に帰る時だ」と決断したという。
同氏は、イタリア国民としての誇りから、苦境に立つイタリア企業を主導し、低迷する半導体事業を復活させるという課題に立ち向かっていった。SGS(Societa Generale Semiconduttori)は、欧州の多くの企業と同様に、大きな損失を出していた。Pistorio氏はいくつかの再建策を推進し、例えば、製造業務の従業員に週7日体制の勤務形態に移行するよう説得したという。
SGS Microelettronicaは1983年、欧州の半導体メーカーとしては初めて収益性向上を実現した。Pistorio氏はSGSで、SoC(System on Chip)やEPROM(Electrically Programmable Read Only Memory)などのニッチ分野に注力し始める。そしてEPROM関連では、フランスThomson-CSFの半導体製造部門であるThomson Semiconducteurと提携することになった。
両社はEPROMの共同開発に着手したが、この2社の半導体メーカーをそれぞれ所有するイタリアとフランスの両政府が、合併を検討するようになる。Thomson-CSFの半導体事業は当時、何年間も損失を出し続けていた。同社は1985年に、米国の半導体メーカーMostekを買収して半導体事業部門を設立していた。
1987年のSGS/Thomson-CSFの合併は当初、懐疑的に見られ、嘲笑さえも受けたが、これがPistorio氏の半導体業界のスターとしての偉業を特徴付けるものとなった。同氏は直ちに、SGS Thomsonと名付けた新会社の事業再建に着手し、例えば、7つの製造工場の閉鎖や、フランスのグルノーブルへの新工場を建設などを実行したという。
次にSGS Thomsonは、SoCやEPROMの他にも、スマートパワーやMPEG-2技術などの分野で大胆な賭けに出た。1989年には、Nokia向けに電源供給機能と電力管理機能を1つのデバイスに組み込んだ新型チップを生産している。これによりNokiaの携帯電話機は、スタンバイ時に60時間超の電池寿命を達成した。
さらにSGS Thomsonは、テレビ受像機で表示するためにデジタルビデオファイルを復号するMPEG技術で、リスクの高い賭けに出た。1993年に、Hughes Networkのデジタル衛星テレビサービスのSTB(セットトップボックス)向けにMPEGデコーダーチップを供給したことによって、STB/デジタルTVハードウェア市場でリーダーとなった。
Pistorio氏は1994年に、同社の株式を上場。そして1998年に、ThomsonがSGS Thomson株式を売却し、このタイミングで社名をSTMicroelectronicsに変更した。
そしてPistorio氏は2005年に、プレジデント兼CEOを退任する。同社の取締役会は、最終的にSTMicroelectronicsという企業になるための基盤を構築した同氏の功績に対し、名誉会長の称号を授与した。
同氏はその後もリタイアすることはなかった。その年には、世界で最も恵まれない地域の子供たちを支援するためのPistorio Foundation(Pistorio財団)を設立し、教育/栄養/ヘルスケアに特化したプロジェクトに力を注いだ。2007年にはTelecom Italiaの取締役会長に就任。自動車メーカーFiatの取締役も務めた。
しかし、STMicroelectronics以外でPistorio氏が最も情熱を注いだのは環境保護だった。当時学生だった息子との「企業の環境改革における役割」に関する議論をきっかけに、持続可能な開発の活動に深く関わるようになったという。「環境保護は無料だ」(同氏)
半導体業界の殿堂入りを果たしたPistorio氏は、STMicroelectronicsを誕生させた合併を主導した点で、欧州企業史において最も影響力のある経営者の一人として記憶されるだろう。
1980年にPistorio氏がSGSの指揮を執った当時、同社の年間売上高は1億米ドルだった。2005年に同氏が退任した時点で、STMicroelectronicsは負債ゼロの100億米ドル企業へと成長していた。数字は雄弁だ。
【翻訳:田中留美、編集:EE Times Japan】
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