私は、春入学ではなく、海外では一般的とされている秋入学で入試を受けたこともあって、入学式の学生は、ほぼ外国人ばかりでした。私の記憶では、東南アジア、中央アジア、アフリカ系の学生が多く、中国・韓国、そして、欧州・北米系は少なめだったかな、と記憶しております。
ちょっと調べてみたのですが、秋入学は英語プログラム中心で、非日本語圏の学生が主となっているようでした。今から思えば当然なのですが、「秋入学とは、日本人が少ないのではなく、“日本語を使わない学生が集まる”」ということのようです。
私が強い印象で覚えているのは、『Tシャツにサンダルという姿で、入学式にやってきた学生(留学生)がいた』ということです。これが文化と風習の違い、または「入学式」に対するカルチャーギャップかぁ、としみじみと感じ入りました。しかし、この話にはさらなるオチがあります――なぜなら、3年後の卒業式に、私は『全く違う光景を見ることになる』からです。
日本語の説明の後、英語での翻訳が流れ、さらに両方の言葉のトランスクリプトが正面のディスプレイに表示されるという、丁寧な対応だった――と、思うのですが、本来、私はここで驚かなければならなかったのです。ここに集った入学生たちが、どの国から留学してきたのであれ(Tシャツ+サンダルであれ)、英語が当たり前に使える学生「だけ」が集っていたということです(この話のオチは、後ほど回収されます)。
意外に知られていませんが、英語を母国語としない国は、日本人と同様に英語に苦しめられています*) ――アジア系・アフリカ系の学生だけでなく、中国(世界86位)、韓国(世界48位)も同様です(ちなみに日本は96位で、「世界的に非常に低いレベル」とされています)。
*)出典:EF English Proficiency Index(英語能力の国際ランキング)
社会人大学院生には、泣きつく先がない ――入学式の後、私の扱いは大学事務局から研究室側へ移るのですが、「何の連絡もこない」。入学要項を読んでも単位の仕組みは腑に落ちず、履修登録の方法も分からない。何を履修すべきかも不明で、誰に相談すればいいのかも分からない。"ぼっち"とは、寂しいとか辛いとかもあるのでしょうが、つきつめれば「困る」――この一言に尽きます。
そして、ここで思い出すのが、在学中に何度も感じた違和感です。
「学生のみなさん。私が通り過ぎるときに頭を下げるのを止めてください。私は、講師でも教授でもありません。あなたと同じ学生です」
そう言いたくなる場面が、何度もありました。
見た目や年齢のせいで、「頼れる側」に見られていたのかもしれません。しかし現実の私は、履修登録も分からず、相談相手もおらず、ただ一人で右往左往している“最も困っている学生”でした。
研究指導教員である田中伸治先生は、研究全体の方針や位置付けについてご指導いただく立場にあり、日々の履修手続きや事務対応を担う役割ではありません。
有吉亮先生は、私の研究内容について継続的にご助言をいただいており、研究の進行において大きな支えとなっていただきました。
ただし、お二人は、履修登録の具体的な手続きまで個別に指導することが前提とされているわけではありません。
結果として、「制度のことは制度に聞け」と言われても、その“制度の窓口”自体が見えない――そんな状態で、手探りで進めるしかありませんでした。「ちょっと顔を出してください」と言われて教室に行けば重要なゼミ発表だったり、履修すべき講義の第1回が既に終わっていたり、もう完全にしっちゃかめっちゃかです(最終的には全体ゼミの後で田中伸治先生を捕まえて説明していただきましたが、あれは本当に気まずかった。校長先生にトイレの場所を尋ねる小学生のような気まずさでした)。
ともあれ、“ぼっち”の社会人大学院生に、なりふりを構う余裕などありませんでした。
田中先生から教えてもらったことは、即日で、すぐにまとめてメールして、先生にご確認いただく(以下の図参照)という、私の病的な周到さは、この時から発生したと思います。
先に述べた通り、私の同期は全員が海外からの留学生で、しかも、その時点では、顔合わせもしていない状況でした。"同期"という互助関係は、この段階ではまったく機能していませんでした。
しかし、考えてみれば、日本語に不慣れな彼らの苦労は、私の比ではなかっただろうと思います。外国人留学生には日本人学生のチューターが付くと聞きましたが、それがどの程度機能していたのかは、今も分かっていません。
ともあれ、「日本人」で「社会人」で「シニア」でもある私が、自力で履修登録や受講すら満足にできないというのは、さすがに情けない。しかし、暗闇の中で右往左往するのは、「日本人」で「社会人」で「シニア」であっても、やはり心細いものなのです。
その後、同じゼミで(私を含めて)3人しかいない社会人大学院生(博士課程3年)のHさんに、いろいろと教えていただき、ようやく私は大学の履修システムの全体像を把握することができました。Hさんは鉄道会社に勤務されていた、気さくで面倒見のよい方で、ゼミの学生たちからも自然と慕われていました――私とは対照的な方でした(この話は、その後、おいおい出てきます)。
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