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儲からない人工知能 〜AIの費用対効果の“落とし穴”Over the AI ―― AIの向こう側に(18)(1/9 ページ)

AI技術に対する期待や報道の過熱が増す中、「抜け落ちている議論」があります。それが、AIの費用対効果です。政府にも少しは真剣に考えてほしいのですよ。例えば「荷物を倉庫に入れておいて」と人間に頼むコスト。そして、AI技術を搭載したロボットが「荷物を倉庫に入れておく」という指示を理解し、完璧にやり遂げるまでに掛かるトータルのコスト。一度でも本気で議論したことがありますか?

» 2017年12月22日 11時30分 公開
[江端智一EE Times Japan]

今、ちまたをにぎわせているAI(人工知能)。しかしAIは、特に新しい話題ではなく、何十年も前から隆盛と衰退を繰り返してきたテーマなのです。にもかかわらず、その実態は曖昧なまま……。本連載では、AIの栄枯盛衰を見てきた著者が、AIについてたっぷりと検証していきます。果たして”AIの彼方(かなた)”には、中堅主任研究員が夢見るような”知能”があるのでしょうか――。⇒連載バックナンバー


予算審査を簡単に通過させる“魔法のキーワード”

 私は長年、企業の研究員をやってきております。企業研究員と、大学などの研究員との決定的な違いがあるとすれば、「お金になるかならないか」 ―― この一言に付きます。

 世の中、「学問的に価値がある」とか「社会の福祉に貢献する」(と、研究員が信じている)研究ネタなんぞ、履いて捨てるほどあります。しかし、会社にとって、会社の利益に直結しない研究に投資することは、「金をドブに捨てること」と同義です。

 例えば、研究員には、特許明細書を作成し、特許権を得るという業務があります*)

*)会社によっては、そのような業務がないところもあるようです。

 特許権を得るためには、(1)新しい発明であって(新規性)、(2)専門家が簡単に思い付けないものであって(進歩性)、そして(3)社会の役に立つ(産業上の利用性)発明を出願さえすれば、特許発明として登録されます。

 しかし、企業の研究においては、それに加えて、(4)自社の事業に使えて、(5)その発明の実施が自社の利益となり、(6)他社がその発明を使っていた時に特許侵害を理由に攻撃できる、などの、恐しいほど面倒な条件が追加されます

 そのような企業研究における「お金」の可能性を判断するための手法として、「ベンチマーク」というものがあります。

 これは研究の開始前や研究の途中で、会社の幹部クラスに、自分の研究の必要性を主張するためのもので、

(1)開発する技術が使われる市場の規模
(2)他社の技術開発動向
(3)研究開発した技術で「他社に勝つ」ストーリー作り

などをプレゼンすることなのですが、はっきりいって ―― これが、私のような研究員には「ものすごく面倒くさくて苦しい作業」なのです。

 私は、原則として、自分のやりたい新しい方法を試したいだけであって、会社の利益や他社が何を考えているかなんぞ1mmも興味はないのですが ―― 幹部クラスに対して、彼らに強いアピールをするベンチマークの内容説明ができないと、現在取り組んでいる研究が「即刻、お取り潰し」になることもあるのです。

 ―― それは、もう、正午前に殿中で刃傷沙汰を起こしたら、同日の午後6時には切腹を完了させられるくらいのスピード感で、です。


 「誰か(顧客とか自社工場とか)から課題を与えられ、それを解決する手段を考えればいい」 ―― そういう研究ができる時代は、随分前に終わっています。

 今や、「ぶっちゃけ、課題が分からん」という時代です。なにしろ、お客さま自身が、何が問題点なのかが分からない時代なのです。ですから、私たち企業研究員やエンジニアが、お客さますら知らない課題を見つけ出さなければならないのです。

 私が懇意にして頂いている知財部の方は、「課題さえ見つかれば、発明は完成したも同然である」と言い切っています。

 「発明」は難しくない。本当に難しいのは「その発明を必要とする課題」を見つけ出すことである

――と看破されています。

 私たち研究員は、このような課題ベンチマークを案出すべく、毎日、ゼーゼー言いながら考え続けています。

 しかし、信じられないことなのですが、このようなベンチマークが、ろくすっぽ行われず、簡単に審査を通過してしまう技術 ――というか、魔法のキーワードがあるのですよ ―― 本当に不愉快なことに。

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