「医療関連のアプリケーションに向けて、RF CMOS技術の適用が始まっている。その範囲は、イメージングからDNA検査、人体の周辺や内部をネットワークする通信網に至るまで幅広い。こうしたアプリケーションを半導体業界の市場として見ると、全体としては間違いなく成長している。ただし現在のところ、市場はアプリケーションごとに分断されている」―ISSCC 2009の論文セッションに先立って開催されたイブニング・セッション「Healthy Radios:Radio & Microwave Devices for the Health Sciences」では、パネル討論会に登壇した専門家たちがこのような結論を出した。
パネリストたちは、体内埋め込み(インプラント)型医療器具や人体通信網(BAN:ボディ・エリア・ネットワーク)デバイスに無線通信技術を適用することを目指して、幅広い範囲の研究や商用化に向けた取り組みが始まっている現状について説明した。また、携帯型DNA検査装置やこれまで以上に優れた医療用イメージング・システムを実現するために、無線の利用技術が進展している様子を示した。
このイブニング・セッションは、200人以上の聴衆で満員になっており、ISSCC参加者の関心の高さをうかがわせた。しかし聴衆のひとりは質疑応答の際に、「われわれの多くは、半導体産業の次なる大きな潮流は医療関連のアプリケーションにあると考えており、それがこの会場に足を運んだ理由だ。しかし、数十万から百万台といった出荷規模を期待できそうなアプリケーションは見当たらない。携帯電話機が年間に何十億台も出荷されているのとは違う」と述べた。
パネリストのひとりで米Harvard Universityの研究者であるDonhee Ham氏は、「もし『使い捨てセンサー』というシナリオを選べば、市場は極めて大きくなる。あるいは、診断システムを安価に大量生産できれば、世界においてヘルスケアを現在は十分に提供されていない地域にも、提供できるようになる」と答えた。さらに、米University of Washington, Seattleの教授で、このセッションのチェアマンを務めたJacques Rudell氏は、「非常に数多くのアプリケーションがあり、それらはそこかしこに転がっている。そのため、どれが大きく成長するのか見極めるのは難しい」と付け加えた。
医療アプリケーションの市場について、パネリストのひとりであり、技術イベントを主催するカナダCMOS Emerging Technologies社のKris Iniewski氏は、「医療テスト/イメージング・システムの市場規模は、年間300億米ドルと見られているが、DNA検査装置が普及すれば1000億米ドルを超える規模まで拡大する可能性がある」と述べた。同氏は、医療アプリケーションは「半導体チップの設計者に過小評価されている」と指摘し、「(医療機器を手掛ける)オランダRoyal Philips Electronics社やドイツSiemens社、米General Electric社などのメーカーは数多くのASICを供給しているが、標準品はわずかしかない」と付け加えた。
同氏は、1990年代に通信システムの分野で生じた「ASICからASSPへ」という変化が、今後数年間のうちに医療用テスト装置の分野でも起きると予想する。例えば、MRIシステムでは価格を200万米ドル引き下げられる部品が必要で、CTスキャナでは感度をさらに高められるような部品が求められているという。
論文セッションでは、台湾National Taiwan University(NTU)が、薬物の微小容器を備え、外部から無線送信されたコマンドを受けて薬剤を放出するシステムLSIについて発表した(講演番号は17.2)。人体に埋め込んで使うことを想定する。インプラント型の薬物送達(ドラッグ・デリバリ)システムに使えるという。
システムLSIの表面に作り込んだ微小容器にノナペプチド酢酸ロイプロリドやニトログリセリンなどの薬を格納しておき、体内において任意のタイミングでそれらの薬を放出する動作が可能だ(図1)。侵襲性の小さい手術によって体内に埋め込むことができ、がんの局所診断/治療や、心臓発作の緊急処置などに応用できるという。
開発したシステムLSIは、マイコン・コアや無線受信回路、投薬作動回路などを集積する。0.35μm世代の標準的なCMOS技術によって製造されており、チップ・サイズは1.77mm×1.4mmである。薬の微小容器は、CMOSプロセスと互換性があるポストプロセスで作り込んでおり、チップ上に集積したマイコン・コアから薬の放出を制御できる。OOK(On-Off-Keying)変調方式の無線回路が集積されており、これで外部からのコマンドを無線受信する。このコマンドを受け取ると、投薬作動回路が起動し、薬の容器を覆っている皮膜に電流を流して加熱して破ることで、薬を放出する仕組みだ。
薬品の各容器を覆っている金属皮膜は、その皮膜の最上部に電流を導くようなパターンでアレイ上に形成されている。この皮膜は、チタン(Ti)と白金(Pt)を複数層重ねたものだ。集積回路製造プロセスのポストプロセスであるフォトリソグラフィ工程とリフトオフ工程で作る。薬の容器となる空洞についても、チップの裏面側に、やはりCMOS互換のポストプロセスである深掘ドライ・エッチングを施すことで作成しておく。
米Case Western Reserve Universityは、無線通信機能を備えるインプラント型のチップを2つ発表した。1つ目は、インプラント型の血圧センサー・モジュールである(講演番号は25.1)。体内で取得したデータを無線で外部に送信したり、外部から電力を非接触で受け取る機能を備えた。静電容量方式のMEMS圧力センサーのほか、アナログ信号処理回路や電源回路、無線データ送信回路などを集積したICと、データ送信用アンテナ、非接触受電用コイルなどを統合したモジュールである(図2)。重量はわずか130mgと軽い。遺伝子の影響の研究に使う実験用マウスへの埋め込みを想定する。
発表者は、「現在、マウスを使った遺伝子研究では、有線インターフェースを備えた生体情報(バイタル・サイン)モニターを埋め込む手法が一般的だ。こうしたモニターの重さは2g程度で、マウスの体重の約15%に相当する。この手法は、マウスに外傷によるダメージを与えるだけでなく、信号が歪む恐れもあり、データの信頼性を保証できない」と説明する。今回開発したセンサー・モジュールは、寸法と重量を現在の1/10に小型化しており、信頼性の高い研究データを取得できるようになるという。
2つ目は、脳に埋め込むチップだ(講演番号25.2)。神経伝達物質であるドーパミンを、実際の神経細胞が使うのと同じ電気化学的なシグナリング技術によってモニターする機能を備える。うつ病のほか、パーキンソン病などの幅広い脳疾患の治療に応用が期待される将来の脳深部シミュレータに組み込むことを想定した。
チップ面積は1.8mm×2.8mmで、4つの記録チャネルを集積しており、消費電力は1.1mWである。0.5μm世代のCMOSプロセス技術で製造した。発表者は、「生きている動物の脳内で発生する神経信号を電気化学的に検出して記録する初めてのチップだ」と語った。
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