Siのバンドギャップ・エネルギよりも高いエネルギを持つ光子を吸収して励起し、より低いエネルギに変換して放出する蛍光材料の研究が進んでいる。
2010年3月現在、太陽電池メーカー各社は変換効率の向上を至上命題として開発に取り組んでいる。ただし、変換効率が上がっても材料コストや製造コストが上がってしまっては商品としての魅力がなくなる。つまり、各メーカーはコストを上げずに変換効率を上げるべく、研究に取り組んでいるのだ。しかし、現在主流を占める単結晶Si(シリコン)太陽電池と多結晶Si太陽電池では、変換効率の向上が難しくなってきている*1)。そこで、従来のSi太陽電池では利用できない波長の光を、利用しやすい光に変換する「スペクトルコンバータ」の研究が進んでいる。
Si太陽電池ではSiのバンドギャップ・エネルギよりも低いエネルギを持つ赤外線領域の光子をまったく利用できない。そしてSiのバンドギャップ・エネルギよりも高いエネルギを持つ紫外線などは、エネルギのごく一部しか利用できない。この2点の問題はSi太陽電池の材料や構造の改良では解決できない*2)。
*1) 多結晶Si太陽電池のうち、最も変換効率が高いのは三菱電機が2010年2月に発表した19.3%の試作品である。セル寸法が15cm角と大きい。
*2) バンドギャップの異なる複数の半導体を積層したタンデム型太陽電池では、効率をさらに高めることができる。
そこで、Siのバンドギャップ・エネルギよりも高いエネルギを持つ光子を吸収して励起し、より低いエネルギに変換して放出する蛍光材料の研究が進んでいる(図1)。この蛍光材料をスペクトルコンバータと呼ぶ。スペクトルコンバータを微粒子状に加工し、樹脂に封入して太陽電池の表面に張ることで、変換効率を上げようというわけだ。
スペクトルコンバータは太陽電池に限らず広い用途で使われている。例えば蛍光灯では内部に封入したHg(水銀)蒸気が波長254nmの紫外線を放出する。しかし、この紫外線は目に見えないので蛍光灯の機能には何ら寄与しない。そこで、蛍光灯にはY2O3(酸化イットリウム)に希土類元素であるEu(ユウロピウム)をドープしたものを封入してある。このうちEuがスペクトルコンバータとして働き、人間の目に見えない波長254nmの紫外線を吸収して赤く見える光に変換する。Euなどの希土類元素は蛍光灯の他、白色LEDでも使われている。
しかし、Si太陽電池のスペクトルコンバータとしてEuをそのまま使うことは難しい。蛍光灯で使っているY2O3にドープしたEuでは、太陽電池パネルの前面に張る樹脂パネル中で均一に分散しない。その結果、パネルが不透明になり、光を通しにくくなるなどの問題が発生する。そのため、従来から界面活性剤として働く有機物とEu3+(3価のユウロピウムイオン)を結合させる手法が研究されてきた。Eu3+に組み合わせる有機物にはいろいろあるが、現在はEuの有機金属錯体を用いる研究が盛んだ。
ただし、この手法には欠点がある。有機金属錯体が吸収する光の波長を調整できない。また、放出する光の波長も調整できない。米国の研究機関であるBattele Memorial Instituteと三菱商事の合弁企業であるバテルジャパンでシニアリサーチリーダーを務める股木宏至氏によれば、「希土類元素は優れた励起特性、発光特性を持っているが、有機金属錯体の構造を変えても、励起波長や発光波長がほとんど変わらないという性質がある。つまり、太陽電池の感度特性に合わせた設計ができない」。
例えばEuなら、紫外線を赤色光に変換することはできるが、青色光には何の影響も及ぼさない(図2)。つまり、Euの有機金属錯体をそのままスペクトルコンバータとして使っても、図1にある青色の三角形のうち左半分の領域の光しか使えないことになる。これでは太陽電池の効率はなかなか上がらない。
この他にもEuなどを含む有機金属錯体には「消光現象」という課題があった。Euが吸収したエネルギを失ってしまい、発光しなくなるのだ。消光現象には2種類ある。1つ目は有機金属錯体同士の凝集によって起こる濃度消光である。「経験則ではあるが、数百ppm以上に有機金属錯体の濃度を高めると、凝集が起こる。すると、中心にある希土類イオン間で共鳴的にエネルギが移動し、本来は光として放出されるはずのエネルギが取り出せなくなってしまう」(同氏)。
2つ目は多フォノン緩和だ。希土類の周囲に配位した有機分子が希土類イオンの励起エネルギを有機分子の振動エネルギとして奪ってしまう。希土類イオンが励起エネルギを失ってしまうため、光としてエネルギを取り出すことができない。
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