SiCの半導体特性がSiに比べてパワー半導体に向いていることは、古くから知られていた。1990年代前半に米国でSiC基板のサンプル出荷が始まると、SiCを用いたパワー半導体を実用化しようとする試みが各国で広がった。
国内でも1998年から5年間にわたって新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)による「超低損失電力素子技術開発プロジェクト」が進んだ。このとき、SiCを用いたSBD(ショットキーバリアダイオード)やMOSFETの試作に成功し、Siを超える素子性能が一部確認できたという。
しかし、国内メーカーによるSiCパワー素子の量産出荷は遅れている。2010年4月にロームがSiC SBDの出荷を開始した他、新日本無線がサンプル出荷を始めた段階だ。
SiCの開発が遅れた理由は幾つか考えられる。まずはSiCのウエハー製造が難しいことだ。Siは約1400℃で融解するため、単結晶を種結晶として用い、融液から引き上げる手法(チョクラルスキー法)を用いて、直径450mmの単結晶の製造が可能である。直径300mmであれば長さ2mもの単結晶を量産できる。
一方、SiCを加熱すると、3000℃でSi融液とC(グラファイト)に分解してしまう。つまりSiと同じような製造手法ではウエハーを作れない。SiCウエハーを作るには、SiC単結晶を2200℃程度の雰囲気下で原料ガスと反応させ、昇華によって、気相から直接固相を得なければならない(昇華法)。この手法の欠点は、大口径の基板が得にくいことと、単結晶の成長速度が遅いことである。これはウエハーの価格が下がりにくいことを意味する。さらに、Siに比べて結晶欠陥が発生しやすく、品質を高めにくい。これは大面積の素子を作りにくいことにつながる。
パワー半導体はメモリ素子などと異なり、微細化は求められていない。つまりSiウエハーと同程度の品質のウエハーは必要ない。それでも現在のSiCウエハーの品質では、100A級の大電流を流す素子を作ることは難しいという。SiCの特性を引き出すには、SiCウエハーの品質を高める必要がある。
半導体の開発製造と機器への組み込みを進めるには、上流から下流に向かって、ウエハー、素子、システムの3段階の開発が必要だ。
「SiC素子を開発するには、一定の品質のSiCウエハーの安定供給が不可欠だ。同様に一定の品質を保ったSiC素子が安定供給されないと、システムの開発が進まない」(産業技術総合研究所の奥村氏)。1998年に始まったプロジェクトがSiC素子やSiC素子を用いたシステム開発につながっていないのは、ウエハーの製造に一因がある。このような状況を受けて、2008年度から2014年度にわたり、3つの政府主導のプロジェクトと、産業技術総合研究所のプロジェクトが進んでいる(図3)。
3つのプロジェクトが狙う目標は、インバーターの体積当たりの出力を示すパワー密度で区別できる。第1世代は10W/cm3、第2世代は25W/cm3、第3世代は50W/cm3だ。第1世代はIT機器や家電、第2世代は電気自動車や鉄道、第3世代は送電など系統に向けた開発を担う。
第1世代では、昇華法で製造した現在の主力である4インチSiC基板を使って、素子開発とシステム開発に取り組む。NEDOの「グリーンネットワーク・システム技術研究開発プロジェクト」(グリーンITプロジェクト、2009年度〜2012年度)が担当し、耐圧1kV級の中耐圧素子をまず開発する。なお、現在製品化されているSiC SBD素子の耐圧は600Vである。
同時にシステム開発にも取り組む。対象はIT機器である。ネットワーク機器やサーバ、ストレージなどのIT機器の消費電力が2025年には現在の5倍、2050年には12倍になるという試算に基づき、データセンターやネットワーク機器の年間消費電力量を30%以上削減することが目的だ。
プロジェクトの結果は、サーバ用電源以外にも、汎用インバーターや家電や照明、太陽光発電で用いるインバーター内蔵の機器であるパワーコンディショナーに役立つ。
産業技術総合研究所の「産業変革イニシアティブ」に含まれる「SiCデバイス量産試作研究およびシステム応用実証プロジェクト」(2008年度〜2011年度)では、富士電機アドバンストテクロノジーと共同でインバーターの量産前の試作と性能実証に取り組む。これはNEDOのプロジェクトの素子とシステムをつなぐ研究開発に相当する。
第2世代の開発に取り組むのは、経済産業省の「低炭素社会を実現する新材料パワー半導体プロジェクト」(2010年度〜2014年度)だ。ウエハーの大口径化(6インチSiC基板)化と厚膜化の他、素子製造には欠かせないエピタキシャル基板を開発する。その後、8インチ化も試みる。液相からウエハーを得る製造法(液相法)の開発も試みる。
素子開発では250℃の高温動作が可能なSiC素子の完成を目指す。この温度領域はSiでは実現不可能であり、電気自動車など新しい用途が開ける。5kV以上の高耐圧にも取り組む。鉄道や重電などのシステム開発につながる動きだ。
第3世代の研究開発は内閣府の「最先端研究開発支援プログラム」(2009年度〜2013年度)に含まれる。ウエハーの開発には取り組まない。送電網などの系統インフラ用途を目指した10kV以上の超高耐圧素子の開発を目指す。
SiCウエハーは米Cree社、米Dow Corning社、ドイツSiCrystal社、新日本製鐵などが製品化している。素子製造にはウエハー上でのエピタキシャル成長が不可欠である。この手間を軽減するため、Cree社とDow Corning社の他、昭和電工がSiCエピタキシャル基板を製品化している。SiCウエハーは米Cree社の生産量が最も多く、品質も高いとされている。価格は品質にも依存するが、1インチ1万円がようやく見えてきた段階だ。
ただし違う意見もある。「平均的なウエハーではCree社の品質は高いが、高品質品では日本メーカーのウエハーの方が優れている」(産業技術総合研究所先進パワーエレクトロニクス研究センターの研究センター長を務める奥村元氏)という。
SiCウエハーの品質については向上策もある。豊田中央研究所とデンソーが共同で開発しているRAF(Repeated A-Face growth method)成長法だ。通常の気相成長法でSiC結晶が積み重なるc面では、結晶の欠陥が成長しやすい。「RAF法ではc面と直行するa面を用いることで、欠陥が少なく高品質な結晶が得られる。成長速度が遅いという欠点がクリアーできれば、有望な手法である。経済産業省のプロジェクトでは6インチ基板を目指した低コストなRAF法の改善を目指す」(同氏)。
記事の後半と合わせて全文を「EE Times Japan 電子版 6月号」(2010年6月9日発行)に、掲載しました。ぜひお読みください。
読者登録をされていないかたは、「電子版 無料読者登録」へ。
登録読者のかたは、「電子版2010年6月号」へ。電子版の閲覧の他、PDFでダウンロードができます。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.