事件は、工場の職長さんからの電話で始まりました。「おい美齊津くん、君が設計したモジュールにはセミでも入っているのか?」。「セミですか? そんなもの、入れていません」。「だって、恒温槽の中でモジュールがビービーと鳴いているぞ!」。
これまで本連載では数回に渡って、オペアンプの話題を取り上げてきました。次の話題はMOSFETですが、その前に番外編を2回に分けてお届けします。今回は、筆者である美齊津摂夫氏の若かりしころの体験談を紹介します。同氏の失敗談から、アナログ回路設計の面白さや奥深さを感じることができるはずです。(EE Times Japan編集部)
事件は、工場の職長さんからの電話で始まりました。
「おい美齊津くん、君が設計したモジュールにはセミでも入っているのか?」。
「セミですか? そんなもの、入れていません」。
「だって、恒温槽の中でモジュールがビービーと鳴いているぞ!」。
何のことだかさっぱりと分かりません。まずは、工場に駆けつけ、自分の目と耳でモジュールの様子を確かめてみることにしました。確かに、元気なセミのようにモジュールがビービーと鳴いています。私が設計したモジュールは、光通信用のモジュールでした。受光素子や半導体レーザー、電子部品がプリント基板に実装されています。ですが、音が出るような部品はどこにも無いはずです。
まず私は、プリント基板のどこから音が出ているのかを調べることにしました。調べる前に分かっていることは、プリント基板の周囲が高温になったときに音が出るということと、音が出ると電源電圧±5Vで駆動している回路の消費電力がものすごく増えるということでした。
±5V以外の電源電圧(例えば、3.3V)で動作させている回路は何も問題はありません。±5V電源がつながっている回路に、何かが起こっていることは間違いないのです。 そこには、半導体レーザーの温度を制御する回路が入っていました。半導体レーザーの波長や光出力といった特性は、温度変化に敏感です。そこで、特性を安定化させるために、ペルチェ素子を使って温度を一定に保ちます。
私は、半導体レーザーを冷やすために、−5V電源に接続した回路の消費電流が増えるよう、温度制御回路を設計していました。しかし、増えるはずのない、+5V電源の回路の消費電流が増えてしまっています。
そこで、現象を把握するため、モジュールにモニター線を付けて、半導体レーザーの温度制御回路のさまざまな部分の様子を探りました。セミが鳴くと、直流電圧は期待した値から少しはずれますが、電源電圧やグラウンド電圧に張り付くといったおかしなことは起こっていません。
どのような波形が出ているのかオシロスコープで観測してみると、なんときれいな正弦波が現れました。そうです、制御回路が1kHz程度で発振していたのです。これが、+5V電源に接続した回路の消費電流が増えた原因でした。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.