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水晶に匹敵する性能へ、MEMS発振器で精度±1.0ppmを目指す電子部品 タイミングデバイス

さまざまな電子機器の基準信号源(クロック)として、古くから確固たる位置を保ち続けてきた、水晶を使ったタイミングデバイス・・・。この牙城を崩そうと挑む企業がある。

» 2010年11月19日 00時00分 公開
[前川慎光,EE Times Japan]

 さまざまな電子機器の基準信号源(クロック)として、古くから確固たる位置を保ち続けてきた、水晶を使ったタイミングデバイス・・・。この牙城を崩そうと挑む企業がある。

 2004年に設立されたサイタイム(SiTime)だ。Si(シリコン)を使ったタイミングデバイスを開発・販売しており、発振子(共振子)や発振器を提供している。MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)技術を使って、Si基板に発振子を形成することから、MEMS発振子または、MEMS発振器と呼ぶ。

 同社が打ち出すメッセージは、「タイミングデバイスの領域において、Si材料で水晶を置き換える」という明確なものだ。同社が引き合いに出すのは、Si材料のデバイスが、ほかのデバイスを置き換えてきた歴史である。古くは、真空管がSi基板にいくつもの回路が集積されたICへと変わった。現在、ストレージの分野ではNAND型フラッシュメモリやSSD(Solid State Drive)が、広く使われている。

 しかし現在のところ、同社も認めるように、MEMS発振子やMEMS発振器が獲得している市場は、小さい。同社の推定によれば、発振子や発振器、発振器から出力された基準信号を処理するクロックICの市場全体の規模は50億米ドルで、そのうちMEMS製品の占める割合は1%にも満たない。タイミングデバイス市場に、MEMS発振器を売り込む方策は何か。同社CEOのRajesh Vashist氏(図1)に戦略を聞いた。

図1 図1 サイタイム(SiTime)のCEOを務めるRajesh Vashist氏

EE Times Japan 現在の出荷状況を教えてほしい。

Vashist氏 2007年に量産出荷を始めたが、特にここ数年で出荷数量が大きく増えた。

 累計出荷数量は、2009年時点では800万個、2010年5月には累計2000万個、2010年10月には累計3000万個と、順調に伸びている。2011年の見通しは累計6000万個〜7000万個で、出荷数量は年々倍増している。

 水晶を使ったタイミングデバイスは、30年〜40年も前から使われてきた。古くから使われている技術なので、「タイミングデバイス=水晶を使ったデバイス」という等式が、定着している。MEMS製品の普及を進めるには、水晶を使ったデバイス以外の代替技術があることを、広く知ってもらう必要がある。これは、大きな挑戦だ。ただ、MEMS製品の出荷数量は順調に伸びており、タイミングデバイスの業界は、Si材料のタイミングデバイスによって、大きく変わろうとしていると言えるだろう。

EE Times Japan どのような製品群を用意しているのか。

Vashist氏 MEMS技術で形成した発振子のほか、発振子とCMOS製造プロセスを使った駆動回路やPLL回路を組み合わせた発振器を製品化している(図2)。これらは、水晶を使った発振子や、一般水晶発振器(SPXO)、電圧制御型水晶発振器(VCXO)の置き換えを狙った品種である。

図2 図2 MEMS発振器でほぼすべてのタイミングデバイス市場を狙う 上半分は、タイミングデバイス市場を分類した図。左から、水晶発振子と水晶発振器、クロックIC(PLLシンセサイザICなど)の3つに分かれる。サイタイムは、3つの分野すべてに対応製品を用意していると説明した(図下部)。

 MEMS発振器の大きな特徴は、プログラム可能であることだ。製造の最終段階で、仕様を決定できるため、ユーザーは所望の特性の品種を、2週間〜5週間と短いリードタイムで入手可能だ(図3)。対応する周波数は、1MHz〜800MHz(図4)。最近、対応周波数が200kHz〜1MHzのMEMS発振器を製品化した。すでに製品化している品種の周波数精度の範囲は、±10ppm〜±50ppmである。出力信号の形式や電源電圧、スペクトラム拡散の拡散幅、パッケージの大きさなどが異なる、数多くの品種をそろえている。

図3 図3 リードタイムが2週間〜5週間と短いことをアピール 図中には、リードタイム3週間〜と記載してあるが、インタビュー時には2週間〜と説明していた。材料を加工する工程がないため、水晶を使った場合に比べて、リードタイムを短くできるという。ただ、水晶発振器にも、PLL回路を搭載することで、出力周波数を利用者の手元で調整可能な品種がある。

 製造コストが低いことも強調したい。販売価格は一概に言えないものの、競合の水晶デバイスに比べて安価になることもある。価格が同じ場合でも、パッケージが薄いというような付加価値を付けて提供する。これまで、MEMS発振器は、民生機器やPC、ネットワーク機器、産業機器といった用途に使われてきた。今後は新たに、高い周波数精度の発振器が使われているハイエンド機器の市場を狙う。

図4 図4 広い周波数範囲で、同じ周波数精度を実現 周波数精度は最高で±10ppm。周波数によらず、同じ周波数精度の品種を提供できると説明した。

TCXOの置き換えを狙う

EE Times Japan 水晶を使ったタイミングデバイスのうち、温度補償型水晶発振器(TCXO)は高い周波数精度を備えており、±2ppmを切るレベルだ。これに対して、MEMS発振器は、周波数精度や位相雑音の観点で難があるという指摘がある。

Vashist氏 今後、ハイエンド機器の市場に入り込むことを目的に、周波数精度を向上させたMEMS発振器を市場に投入する。まず、2011年末までに、周波数精度が±2.5ppmのMEMS発振器を製品化する。TCXOの置き換えを狙った品種だ。

 現在、MEMS発振器に内蔵した発振子の基本発振周波数は5MHzである。これだと、周波数精度は最高±10ppmにとどまる。発振子の基本発振周波数を、40MHz〜50MHzに高めることで周波数精度を向上させる*1)

*1) 発振子の基本発振周波数を高めることで位相雑音(Phase Noise)を改善できることも大きな利点だという。位相雑音を改善させることで、無線通信市場への進出を狙えることになる。

 将来的には、±1.0ppm〜±1.5ppmの周波数精度を目指す。さらには、恒温槽付水晶発振器(OCXO)の置き換えを狙った品種の製品化を計画している。TCXOやOCXOの出荷数量はそれほど多くないかもしれないが、価格が高く、市場は大きい。この市場は魅力的だ。

 対応する周波数範囲も広げる。リアルタイム・クロック(RTC)市場に向けた品種や、出力周波数が1GHzまたは1.5GHzと高い品種も市場に投入する。

温度センサーと温度補償が鍵

EE Times Japan 水晶は、タイミングデバイスに適したさまざまな特性がある(関連記事)。例えば、安定した電気機械エネルギー変換特性や、温度特性の高さなどだ。果たしてSiを使って、水晶を使ったタイミングデバイスに匹敵する高い周波数精度を実現できるのか。

Vashist氏 確かに、Siは温度変化に対して特性が変わる。これは悪い条件だ。しかし、幸いなことに、温度による変化は正確に予測可能である。

 温度センサーと温度補償回路が、高精度化の鍵になる。高精度の温度センサーを開発し、卓越した温度補償回路を実現できれば、周波数精度を高められる。これは技術的な課題なので、研究開発を着実に進めることで実現できると考えている。当社は、MEMS加工とアナログ回路の双方の専門技術を有しており、MEMS振動子に適したアナログ回路を設計できる。

EE Times Japan MEMS発振子と駆動回路、PLL回路をすべて1チップに集積する技術を、サイタイムは2007年に発表していた。現在の状況を教えてほしい。

Vashist氏 現在、MEMS発振子と、駆動回路やPLL回路を集積したCMOS回路はそれぞれ別のチップで実現している。これらをすべて1チップに集積することは技術的には可能だが、今のところ製品化の計画はない。TCXOが使われているハイエンド機器の市場を狙うことの優先度が高い。



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