規格の策定を進める上で、最も議論が白熱したのが、固定位置型で使う磁石についてだったようだ。
磁石を使って位置合わせする固定位置型は、自由位置型に比べて、送電側デバイスの構成がシンプルで、コストを抑えられるという大きな利点がある。一方で、受電側コイル部分に磁石を設置することで、受電側デバイスの小型化が難しくなることや、磁石が生み出す静磁界がモバイル機器のセンサーや2次電池に及ぼす影響を懸念する声があった*7)。
議論の結果として、受電側には磁石(Magnet)、または磁性体(Magnetic Attractor)を設置すると規定した。Qi規格には、磁石または、磁性体のいずれを受電側デバイスに使ったときにも、安定した電力供給を支援する規定が盛り込まれている。例えば、充電の開始や終了、エラーといった状況をLEDインジケータで利用者に示すことなどである。
2010年12月の報道機関向け説明会では、NTTドコモの移動機開発部 技術推進担当の担当課長である金井康通氏が登壇し、「ワイヤレス給電システムは携帯電話機にインパクトのある技術だと考えている。当社は、Wireless Power Consortiumのメンバーでは無いが、積極的にかかわっていきたい」と語った。
同社は現在、Qi規格のワイヤレス給電システムを評価している段階で、これから商用化について判断する。「私個人としては早く製品化したいと考えている。しかしまずは、(送電側の3つの手法それぞれについて)互換性をきちんと確認することが重要だ」(同氏)。
NTTドコモは、2005年ころに、ワイヤレス給電システムが携帯端末に与える影響について評価を実施した。例えば、2GHz帯や800MHz帯、1.7GHz帯を使う携帯通信の受信感度への影響調査や、Felicaやワンセグ、Bluetooth、GPS測位といったさまざまな無線通信への干渉調査、方位センサーへの干渉調査、利用者の使い勝手に関する調査などである。
同氏は、過去に実施した調査の結論を以下のようにまとめた。「携帯通信や無線通信への影響は、コイルの配置を配慮すれば、問題ないレベルである。ただ、かつて評価を実施した時点ではワイヤレス給電技術が統一されておらず普及に時間がかかることや、コイル間の位置合わせが必要でワイヤレス給電技術の持つ利便性が生かされていないことが課題だった」(同氏)。Qi規格が策定されたことで、過去の課題が解消し、ワイヤレス給電技術が普及する下地が整ったと語った。
表3に、ワイヤレス給電システムを設計する際に考慮すべき事項をまとめた。さまざまな課題があるものの、課題を克服しながら、機器開発が進められている。
WPCの次の狙いは、送電電力が120W以下のエレクトロニクス機器、具体的にはノートPCやネットブック、電動工具などである。「Volume ?:Middle Power」と呼ぶ新たなQi規格の策定に向けて、規格の策定に携わるコアメンバー(レギュラーメンバー)を募集している。策定済みである5W以下を対象したQi規格との互換性の有無や、策定スケジュールは、現時点では決まっていない。
ワイヤレス給電技術の意義は、ただ単に、エレクトロニクス機器の電源ケーブルを非接触にできるということではない。エレクトロニクス機器の使い勝手や利便性の向上に、大きく貢献する。将来を見通せば、人とエレクトロニクス機器とのかかわり方を大きく変える可能性を秘める。
多機能かつ携帯性が高いことが特徴であるモバイル機器(例えば、スマートフォン)を例に挙げよう。モバイル機器に豊富な機能が搭載されるようになったにもかかわらず、2次電池の電池容量は増えていない。
想像してほしい。朝、スマートフォンからACアダプタを取り外して外出する。インターネット接続やGPS測位を使ったナビゲーションといった機能をひんぱんに使うと、帰宅するまでの間に電池の残量が無くなってしまったという方も多いだろう。モバイル機器の充電作業を簡素化し、日常生活の中でいかに充電の機会を増やすかが、モバイル機器の使い勝手や利便性を高める鍵になっているのである。
モバイル機器の多様化も、ワイヤレス給電システムの普及を後押しする要因だ。携帯電話機やスマートフォン、ゲーム機、デジタルカメラ、ビデオカメラ、タブレットPCなど・・・。身の回りには数多くのモバイル機器があり、機器ごとにACアダプタまたは充電器が必要になる。ACアダプタや充電器を共通化できれば、充電作業の手間も減るだろう。
上に挙げた2つの視点、すなわち、充電機会を増やすことと、身の回りの充電器やACアダプタの共通化という、機器の使い勝手や利便性を高めるための改善策は、標準化されたワイヤレス給電技術の普及によって解決が図れるものだ。システムが標準化されれば、企業や機器の種類を問わず、充電できる。そして、ワイヤレス給電システムが普及し、社会インフラとして整備が進めば、充電機会は増え、電池の残量を気にせずに済むようになるだろう。
Wireless Power Consortiumとして、現時点で対象にしていないが、電気自動車への充電にも展開できる。スマートグリッドを構成する要素の1つである宅内エネルギー管理システム(HEMS:Home Energy ManagementSystem)には、多くのセンサーが必要になる。センサーへの給電インフラとしても期待する声もある。
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