アジレント・テクノロジーは、業界の既存機種に比べて性能や機能を大幅に高めながらも価格を普及帯に据え置いた、汎用オシロスコープの新機種群「InfiniiVision(インフィニビジョン)2000X/3000Xシリーズ」を発売した(図1)。「性能も、機能も、それらの対価格比も、すべてが圧倒的な新製品である。同価格帯の汎用オシロスコープでは、これまでテクトロニクスの『TDS2000』や『DPO2000/3000』などが定番機に位置づけられていた。当社は今回の新型機で、新たな定番の座を獲得する」(アジレント・テクノロジーのデジタル・テスト事業部オシロスコープ部門でマーケティング・マネージャを務めるJun Chié氏)。
2000Xシリーズは12機種を用意した。内訳は、サンプリング速度が70MHz/100MHz/200MHz、チャネル数が2チャネル/4チャネルとそれぞれ異なる6機種と、これらを基に8チャネルのロジック入力を搭載した、「MSO(ミックスドシグナル・オシロスコープ)」が6機種である。3000Xシリーズについては、同100MHz/350MHz/500MHzで2チャネル/4チャネルの6機種と、それらの16チャネルのロジック入力を搭載したMSOの6機種、さらに、200MHz/4チャネルの機種とそのMSO版を合わせた2機種である。
「圧倒的な性能」(Chié氏)とは、波形更新速度が100万波形/秒と極めて高いことである(図2)。3000Xシリーズで実現した。アジレントが「旧来の定番機」と表現するテクトロニクスの前述の機種では、最大でも5万波形/秒にとどまっていたと言う。波形更新速度が高まれば、入力信号の波形を捕捉できない期間(デッドタイムやブラインドタイムと呼ぶ)を短縮することが可能だ。その結果、間欠的に発生する発生頻度の低い波形を短時間で捕捉できる確率が高まる。すなわち、「測定対象の不具合原因を短時間で特定できるようになる」(Chié氏)。
なおローデ・シュワルツは2010年6月末にオシロスコープ市場に新たに参入しており、その際に100万波形/秒のオシロスコープを発表していた。これについてアジレントは、「ローデの機種は当社でも入手して評価しているが、100万波形/秒を得られるのはごく限定された条件にとどまる。複数のチャネルを同時に使ったり、各種の解析機能を利用したりすると、波形更新速度は低下してしまう。アジレントの今回の機種は、例えばMSOの4チャネル機で、4チャネルのアナログ入力の他、デジタル入力チャネルすべてを同時に使っても、100万波形/秒を維持できると言う。またアジレントは、「そもそもローデは、オシロスコープ市場では後発であり、当社が今回の機種でシェアを狙う旧来の定番機には当たらない」(Chié氏)とも述べている。
機能については、大きく3つの特長がある。1つは前述の通り、MSO機能を備える機種を用意したことだ。「2000Xシリーズと同等クラスのオシロスコープでは、8チャネルのMSO機能は業界初だ」(Chié氏)と言う。2つ目は、I2CやSPI、CAN、LIN、I2Sなどの各種デジタルバスの信号をMSOで取り込んで解析する機能で、3000Xシリーズにオプションで用意した。3つ目は、2000X/3000Xシリーズともにオプションで本体に内蔵できるファンクションジェネレータである。1チャネル出力で、出力信号の上限周波数は20MHz。「単体測定器のファンクションジェネレータを持ち運ぶ手間が無くなり、ファンクションジェネレータとオシロスコープの同期を取る手間も省ける」(Chié氏)。
こうした高い性能と豊富な機能を実現できた理由は、同社が独自に開発した「MegaZoom IV」と呼ぶ専用ASICにある(図3)。このASICには、波形メモリとその管理回路、波形プロット回路、マスク/トリガー回路、ディスプレイに表示するユーザーインタフェース(GUI)制御回路といったオシロスコープの基本的な機能を実現するための回路群に加えて、前述のファンクションジェネレータ機能やデジタルバス解析機能を実現する回路も集積されている。オシロスコープの内部では、アナログ入力信号をA-D変換器でデジタル信号に変換してこのASICに供給すれば、「別に内蔵するメインプロセッサの処理性能にほとんど負荷をかけることなく、オシロスコープの基本的な波形表示や、オプションの高度な機能を実行できる仕組みだ」(Chié氏)と言う。
同社は従来機種にも同種のASIC「MegaZoom III」を搭載していたが、それにはこのようなオプション機能用の回路は集積していなかった。また、基本的な回路群についても、波形メモリ管理回路と波形プロット回路をつなぐバスの帯域幅が比較的狭いという制約があり、今回の新機種のような高い波形更新速度には対応できなかった。
このように1個のASICに高速の波形表示処理回路とオプション機能回路を集積することで、冒頭で述べたように性能や機能を大幅に高めながらも価格を普及帯に据え置くことができたとアジレントは説明する。具体的には、2000XシリーズはMSO非搭載機が約13万9000円〜29万5000円で、MSO搭載機が約21万8000円〜37万4000円。「MSO非搭載機で比較すると、テクトロニクスのTDS2000Cシリーズに比べて価格は約3.5%低い」(Chié氏)と主張する。3000XシリーズはMSO非搭載機が約31万7000円〜117万9000円で、MSO搭載機が約44万7000円〜130万8000円。「テクトロニクスのDPO2000に比べて9%、DPO3000に対しては20%も低価格だ」(Chié氏)と言う。
今回の新機種を発表前に評価した先行ユーザーは、「実際に使ってみて、製品カタログに記載された数字からは読み取れないような実力も備える機種だと感心した」と述べている。国内の新興EDAツールベンダーで、IPコアの受託開発も手掛けるオーバートーンで取締役開発部長を務める井倉将実氏である。同氏はFPGA開発の経験が豊富で、オシロスコープの使用経験が長い。
同氏はアジレントから3000Xシリーズを借り受けて、1カ月間にわたって使用した。医療機器向けLSIに集積する映像処理IPコアを試作段階でFPGAに実装し、その評価にこのオシロスコープを用いたと言う。「フロントパネルを操作すると、それに応じてディスプレイの波形表示が瞬時に変化する。この応答が圧倒的に速い。これまで使っていた機種だと、場合によっては表示の切り替えに数秒もかかり、ユーザーとしては大きなストレスになっていた」(井倉氏)。同氏はこの他にも、さまざまな測定や解析の機能を評価し、その結果をまとめて披露した(図4)。
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