前述の通り、水晶振動子マイクロ天秤法は、わずかな質量の物質が電極に付着することによる共振周波数の変化を検出する。検出感度が高いという利点はあるものの、雑音に弱く測定装置として使いにくいことが最大の課題だった。
雑音は、さまざまな要因で生まれる。環境温度や湿度の変化、水晶振動子の電極界面の状態などが、共振周波数の変化を引き起こす。高感度ゆえに、容易に発振周波数が変動してしまうのだ。例えば、温度が変化すると、液体の粘性が変わる。これは、水晶振動子を液体中で反応させるとき、問題になる。測定したい物質の質量よりも、粘性変化の方がはるかに大きな共振周波数の変化を引き起こす。
使い勝手が高く、高精度の質量測定を実現するには、雑音の問題は避けては通れない。ここで、雑音に弱いという課題を解決する切り札となったのが、「水晶ツインセンサー」と呼ぶ独自の水晶振動子だ(図2)。
タイミングデバイスに使う一般的なATカット型水晶振動子は、1つの水晶片に対し、1組の電極を使って、水晶振動子にエネルギを供給し、発振させる。これに対して、水晶ツインセンサーは1つの水晶片に対し、2組の電極(1つの共通電極と2つの電極で構成)を使う点が異なる。
1つの水晶片を使いつつ、2つの固有の共振周波数で振動させることで、雑音の影響を相殺しようというアイデアである。すなわち、水晶片は同一なので、温度変化や湿度変化といった外乱による影響は、2つの共振周波数に対して同じように重畳される。従って、一方の電極を参照電極(ブロッキングし、計測対象となる物質が付着しないようにする)、もう片側を物質の反応電極と設定し、差分を取ることで、物質の付着量に応じた共振周波数の変化分のみを、うまく検出できることになる(図3)。
例えば、0〜50°の範囲で、通常の水晶振動子の温度特性(温度変化に対する発振周波数の変動幅)が±4ppmのとき、水晶ツインセンサーを使えば、±0.1ppmに下げられるという。
しかし、考えてみると不思議である。ATカット型水晶振動子は、前述の通り、厚みすべりモードで振動する。厚みすべりとは、水晶片の厚み方向の上下表面が、それぞれ対向方向にすべるようなモードである。2つの電極で励振すると、それぞれの電極から励起された振動モードは共存せず、互いに干渉してしまうはずだ。
同社の説明によれば、振動のエネルギーは電極付近に集中するため、片方の電極による振動が、もう片方の電極の振動に極力影響を与えないようにできるのだという。共振周波数は30MHz付近で、2つの電極は弾性的に分離しており、独立した共振周波数で振動させることができるという。「水晶ツインセンサーのアイデアは、NAPiCOSの開発当初から持っていた。しかし、実用化するのは非常に難しく、開発に2年以上の期間を費やした。2つの電極を有する水晶振動子の実用化は、業界初だ」(同社)という。
電極の設計手法の開発に加え、品質グレードの高い水晶片を使うことで、水晶ツインセンサーを実現した。「水晶振動子がセンサー本体になるため、水晶片の品質グレードはセンサー用として厳密に選定する必要がある。また、水晶片は非対称性の結晶なので、軸方向や形状、寸法、電極の厚み、切断角度など、検出しようとする物質に適合した全体設計が必要だ」(同社)。
新たに開発したのは、水晶ツインセンサーだけではない。水晶振動子を振動させる発振回路も、高精度で安定して動作する解析装置を実現する鍵だった。
水晶ツインセンサーを液体に浸して使用するとき、粘度が高い液体中でもいかに安定発振させるかが重要になる。液体の粘度が高いと、水晶振動子のQ値が通常は7万〜8万と高くても、液体中では1000程度と大幅に下がってしまう。これでは、安定して発振させるのが難しくなる。
そこで、粘度の高い液体中でも安定して振動させることを目的に、低位相雑音の発振回路を新たに開発した。原理的には、コルピッツ型の発振回路だが、位相雑音を下げる独自の工夫を盛り込んだという。「NAPiCOSを開発した研究開発センターには、無線回路に強みを持つ技術者が数多くいる。無線回路ではごく一般的な位相雑音という概念を、発振回路に導入した」(同社)。
同社は、2004年4月に北海道に「千歳テクニカルセンター」と呼ぶ研究開発センターを設立した。水晶デバイスというコア技術と、無線通信やシステム設計、ソフトウエア開発、生化学技術といった異分野技術の融合を目指した研究拠点である。
NAPiCOSは、医療やバイオ、食品を対象とした分野では、第1弾の開発成果である。今後は、NAPiCOSの成果を発展させ、医療やバイオ、食品といった分野の簡易計測に展開していく考えだ。
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