一方のエプソントヨコムは、2005年以降、水晶材料の圧力センサーやジャイロ(角速度)センサーの製品化を活発に続けている(図4、図5)。同社は現在、タイミングデバイス、センシングデバイス、オプトデバイスという3つの製品を柱に商品戦略を進める「3D戦略」を展開している。同社がセンシングデバイスを本格的に事業化したのは2005 年からと比較的最近だが、センシングデバイスが売上高全体に占める割合は、2009年度から一気に増えたという。
2009年度の売上高の割合は、タイミングデバイスが80%、センシングデバイスが10%、オプトデバイスが10%という構成で、センシングデバイスが10%も占めている。「センシングデバイス事業は、順調に立ち上がってきたと考えている」(同社)という。
エプソントヨコムは20 年ほど前から、産業/工業分野を対象にした圧力センサーを製品化してきた。河川やダムの水位測定や産業機器の圧力測定/制御に向けた圧力センサー「TSUシリーズ」である。ここ最近で製品化している水晶センサーは、産業/工業分野に加え、モバイル機器などの民生分野や自動車も対象に入れたものだ。
同社が民生機器や自動車を対象にした、センシングデバイスの研究開発を本格的に始めたのは、1995年のことである。既存の水晶加工技術を応用して、精度の高いセンシングデバイスを実現できるのでは、と考えたことがきっかけの1つだった。
同社はかねてから、音叉型水晶振動子の製造に、フォトリソグラフィ技術を適用してきた。半導体製造では一般的なフォトリソグラフィ技術を水晶材料に適用しつつ、生産性や精度を確保する製造ノウハウを蓄積しており、このような水晶加工技術をセンシングデバイスにも活用した。
1995 年から2000 年にかけて、ジャイロセンサーに向けたセンサー素子構造である「ダブルT型構造」の開発を進めた。これは、駆動素子(駆動アーム)と検出素子(検出アーム)を分離することで、高感度や高SN比といった多くの優れた特性を実現したもの。2004年8月には、研究成果の第1弾として、水晶を使ったジャイロセンサー「XV-3500」を発表した。その後、手ブレ補正向けジャイロセンサー「XV-3500CB」や、PND 向けジャイロセンサー「XV-8100CB」、カーナビ向けジャイロセンサー「XV-8000CB」など、図5に示した通り、続々とジャイロセンサー製品を市場に投入している。
最近では、複数の水晶センサー素子を統合したセンサーモジュールも製品化も進めている。具体的には、人間の位置/姿勢の把握やモーショントラッキングといった用途に向けた6軸センサー「AH-6100LR」を発売した。3軸のジャイロセンサーと3軸の加速度センサーを、10mm×8mm×3.8mmのパッケージに納めている。さらに、産業/工業用途に向けた慣性計測ユニット(IMU)のサンプル出荷を2011年4月に開始する計画だ。慣性計測ユニットの試作品の寸法は60mm×30mmで、半分以下のサイズに小型化して提供する予定だという。
エプソントヨコムが同社のジャイロセンサーで対象にする用途は、一眼レフカメラの手ブレ補正や、カーナビ、PND、ゲーム機のリモコン、人のモーションセンシング、ロボットの姿勢制御など多岐にわたる。同社が訴求するのは、「競合技術に比べて、けた違いに精度が高いこと」である。
現在、スマートフォンやタブレットPCに、ジャイロセンサーが幅広く使われている。ただ、これらのモバイル機器に採用されているのは、Si(シリコン)材料を使ったいわゆるMEMSセンサーである。寸法の観点で有利であるものの、測定精度は水晶材料のセンサーに劣る。同社は、「民生機器でのジャイロセンサーの活用はまだ始まったばかり。ジャイロセンサーをうまく使いこなしたアプリケーションは、これから登場するはずだ」と考えている。
高精度が生きる用途として、同社が期待しているアプリケーションの1つが、歩行者の案内や行動支援に向けた推測航法である。「地下街のようにGPS測位が使えない状況でも、地上と同じようにシームレスに測位するアプリケーションの実証実験に、当社のジャイロセンサーがいくつか使われている」(同社)という。
歩行者は姿勢や方位の自由度が高く、運動速度の変化幅も広い。さらに、建物内や地下を移動することが多い上に、求められる位置精度は細かい。ナビゲーションの技術的な難易度は格段に高くなるため、このような用途に高精度の水晶センサーが適しているとの考えである。
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