センサーノードのピーク消費電力を数μWに抑えつつ、無線LANやBluetoothなどに対応したホスト機器にデータを無線送信できる。環境発電で生成した電力だけでセンサーノードを稼働させられる上、ホスト機器にハードを追加する必要がない。
数m程度の近距離を無線でデータを飛ばす近距離無線通信の応用が広がっている。スマートフォンやタブレット端末、ノートPCといった携帯型機器には無線LANやBluetoothといった近距離無線通信インタフェースが標準的に搭載されており、自宅や外出先で高速データ通信を利用するスタイルが一般的な消費者にも浸透しつつある。
さらに近距離無線通信は、超小型センサー端末(センサーノード)と結び付くことで新たなアプリケーションを生む。人や物に取り付けたセンサーノードで、各種の生体情報や、温度、湿度、圧力といった環境情報を収集し、近距離無線通信でホストシステムに送ってさまざまなサービスに活用する。例えば、人の健康状態をモニターして異常を知らせる医療/ヘルスケア分野のアプリケーションや、街中に掲示したポスターのそばにいる人に地域限定の広告情報をリアルタイムに配信するデジタルサイネージなどを実現できるようになるだろう。
近距離無線通信技術もセンサーノード技術も、それぞれは既に確立されており商業利用も進んでいる。ただし両者を組み合わせて上記のような新たなアプリケーションを実用化するには、まだ課題も多い。その1つが無線通信の消費電力である。
スマートフォンをはじめとした、既に普及している近距離無線対応機器をセンサーノードのホスト機器として活用することを前提に考えると、無線通信方式としては無線LANやBluetoothを利用することになる。しかし、これらの無線インタフェースをそのままセンサーノードに搭載すると、センサーノード全体のピーク消費電力は数十mWに達してしまう。センサーノードでこの電力をまかなうには、電池を搭載する必要が生じる。熱や振動、光、電磁波といった環境中のエネルギーをうまく集めて電子機器の動力源として利用するエネルギーハーベスティング(環境発電)技術も進展しているものの、数十mWのピーク電力をまかなえるレベルではない。電池を搭載すると、センサーノードが大きくなってしまったり、定期的に電池を交換しなければならかったりするため、センサーノードの設置場所が制限されるといった課題が残る。
そこでルネサス エレクトロニクスは、無線通信の消費電力に起因するこれらの課題をまとめて解決する新たな近距離無線通信技術を開発した。センサーノードのピーク消費電力を数μWと大幅に低いレベルに抑えつつ、無線LANやBluetoothなどの無線インタフェースを搭載したホスト機器にデータを無線送信できる技術である。エネルギーハーベスティングで生成した電力だけでセンサーノードを稼働させることが可能になる。しかも、ホスト機器側に新たなハードウェアを追加する必要はない。ホスト機器は、専用のアプリケーションソフトウェアを搭載するだけで、センサーノードから情報を読み取れるようになる。
同社が開発した無線通信技術は、センサーノードからデータを受け取るホスト機器が、無線LANやBluetoothなどの既存の近距離無線通信方式でアクセスポイントなどに接続されていることが前提となる。センサーノードは、この環境でアクセスポイントとホスト機器の間の「通信品質(SN比)に変調をかける」ことで、ホスト機器に情報を伝える。詳しく説明しよう。
例えば、スマートフォンが無線LANでアクセスポイントに接続し、通信が確立された状態にあるとする。通信品質が良好な状態とは、スマートフォンが受信する信号のSN比が高い状態だ。通信品質が悪化すると、SN比は低くなる。ここでルネサス エレクトロニクスは、「SN比が高い/低い」という2つの状態を、2値の変調に使えるのではないかと考えた。アクセスポイントとホスト機器の間の無線通信路にセンサーノードから働き掛ければ、ホスト機器が受信する無線LAN信号のSN比を意図的に悪化させることは可能だ。
SN比を多少悪化させても、スマートフォンが内蔵する無線LANチップが誤り訂正などの処理を行っているため、その訂正可能範囲を超えるレベルまでSN比を悪化させない限りは、無線LANの通信は維持できる。しかも、センサーノード側では、無線LANのプロトコルを処理したり、無線LANの規格に準拠した無線信号を送出したりする必要はない。
ホスト機器がアクセスポイントから受信する無線LAN信号のSN比を悪化させる手法としては、マルチパス干渉を意図的に生じさせる方法を選んだ。具体的には、センサーノードが備えるアンテナの容量成分の大きさを切り替えて、無線LANの周波数帯に「共振する」状態と「共振しない」状態を作り出す。
アンテナが共振する状態では、無線LANの信号はセンサーノードに吸収され、アクセスポイントとホスト機器の間の通信品質には影響を与えない。アンテナを共振しない状態に切り替えると、アクセスポイントから放出された無線LANの信号がセンサーノードのアンテナで反射して、スマートフォンのアンテナに届く。スマートフォンのアンテナには、アクセスポイントから直接信号が届いているので、センサーノードのアンテナを経由した信号との間でマルチパス干渉が生じ、SN比が低下するというわけだ。
すなわちセンサーノードは、アンテナの容量成分の大きさに変調をかけるというシンプルな処理だけで、手元のデータを無線でスマートフォンに送れる。複雑な変調スキームが不要な上、一般的な無線回路で消費電力の大きな割合を占める高周波パワーアンプもいらない。従って、センサーノード全体のピーク消費電力を数μWに抑えられる。しかもスマートフォン側では、アプリケーションソフトウェアで、SN比の変動情報を取得し、2値の変調がかかったデータ列として復調すればよい。専用の無線回路を新たに追加する必要はない。
今回ルネサス エレクトロニクスは、この無線通信方式の性能を評価するため、評価ボード上に15mm角のアンテナを銅配線パターンで形成するとともに、変調回路を集積したチップを試作した。このチップには、静電容量可変回路が搭載されており、センサーノードから送信するデータに応じて静電容量を切り替えることで変調をかける。
試作したチップを評価ボードに実装してアンテナに接続し、無線伝送性能を評価した。無線LANの送信機(アクセスポイントに相当する)と評価ボードの距離が30cm、評価ボードと無線LAN受信機(スマートフォンに相当する)の距離が30cmの条件で評価したところ、数kビット/秒のデータ伝送速度で評価ボードから無線LAN受信機に無線でデータを送信できた。
同社はこの成果を、2011年6月13〜17日に京都市で開催される半導体デバイスに関する国際会議「2011 Symposia on VLSI Technology and Circuits」で、16日(Circuitsの部)に発表する。
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