一般家庭に無線機器があふれ返る現代。機器メーカーは、標準規格に準拠した半導体チップやモジュールを利用すれば、比較的容易に無線機能を組み込める。しかし規格の林立や機器の複雑化などで、無線設計の不具合からは簡単に逃れられないのが実情だ。その不具合を確実に捕捉し、原因を追究する道具が必要になる。無線設計に欠かせない測定器であるスペクトラムアナライザが近年、この要求に応えるべく進化を遂げている。
「JO1MHN、JM1OTQモービルから、メリットありますか?」「JM1OTQモービル、メリット5、現在地をどうぞ」――
1987年公開のヒット映画「私をスキーに連れてって」のワンシーンである。雪山にやってきた若者たちが、アマチュア無線のトランシーバで連絡を取り合う様子が描かれている。
まだ携帯電話が普及していない当時、一般消費者にとって無線通信は決して身近な技術ではなかった。愛好家が趣味として楽しんだり、さまざまな業務で情報伝達手段として用いたりといった状況で、応用分野は比較的限られていた。テレビを除けば、無線信号を扱う機器は1台も無い。そんな家庭がほとんどだった。
それから四半世紀近くたった現在、状況はまったく異なる。一般的な家庭に、無線機器があふれ返っている。携帯電話機はもう手放せない。書斎ではノートPCとプリンタが無線でつながっている。リビングで楽しむタブレットや携帯ゲーム機、デジタルフォトフレームも、そしてデジカメやビデオカメラも、みんな無線インタフェースでコンテンツをやりとりできる。車で出掛ければ、GPSが導いてくれる。これは決して特殊な消費者ではない。いまや「家庭に何台」ではなく、「1人に何台」と数えるのが適当なほどだ。無線通信は、一般消費者にとって極めて身近な存在になった。
これを可能にしたのは、無線技術の高度化に他ならない。振り返ってみよう。変調方式がアナログ変調からデジタル変調に進化し、OFDMなどの2次変調も導入された。帯域幅の拡大と相まって、通信速度が向上した。
また、さまざまな無線通信規格が標準化され、各規格に準拠した半導体チップやモジュールが供給されるようになった。機器メーカーは、こうした部品を採用すれば、相互接続性を確保できる。消費者に大きな利便性を提供できるので、普及が進む。すると部品の価格が下がる。そして、さらに普及が拡大する……。こうした好循環が生まれた。
無線処理回路のアーキテクチャも進化した。アナログ処理の領域を減らし、デジタル処理の領域を増やす方式が次々に提案され、実用化が進んだ。そうして部品点数が減り、安価な半導体チップへの機能集積度がいっそう高まっていく(図1)。これで好循環がさらに加速した。
無線通信が身近になったのは、消費者だけではない。かつて、ごく一部の無線機器メーカーの仕事だった無線設計は、いまや幅広い分野のさまざまな機器を手掛けるメーカーにとって、避けて通れなくなっている。前述の家庭用機器のみならず、街中で見かける電子看板から各種業務用機器に至るまで、ありとあらゆる機器において無線通信が重要な機能になっているからだ。
もちろん、そうしたメーカーの設計者は、かつての無線機器メーカーとは異なり、無線回路をイチから自分で組む必要はない。標準規格に基づく無線インタフェースなら、機能集積化の進んだ無線トランシーバチップを使ったり、周辺回路まであらかじめ統合したモジュールを入手したりすれば、比較的容易に実装できる。
しかし、ことはそう簡単ではない。例えば、現代の無線環境には、以前とは比較にならぬほどさまざまな通信方式の多種多様な電波が飛び交っている。設計者にとって未知の電波が、通信を妨げるノイズになる可能性がある。さらに、携帯電話機に代表されるように、機器自体の多機能化も著しい。つまり、1台の小型機器にさまざまな通信方式の無線回路がたくさん詰め込まれている。そのため、各無線間の干渉や、高速で動作するデジタルチップが放射する高周波ノイズの影響を受ける危険性もある。無線通信にとっては、非常に厳しい環境だといえるだろう。
こうした背景から、無線設計者は、次のような状況に直面することになる。すなわち、市販のチップやモジュールを使って実装はしてみたものの、仕様通りの特性が得られない。あるいは通信が途切れてしまう。しかも、何かしら特定の条件でそうした現象が間欠的に出ているようだ。しかし、その条件が見えてこない。
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