以前からリアルタイムスペアナと呼ぶデジタルIF機を製品化していたのがTektronixだ。デジタル領域の信号処理を担う専用のハードウェアを搭載しており、A-D変換後の信号をスペクトラム表示に反映させられずに取りこぼしてしまう期間(いわゆるデッドタイム)を発生しにくくできる。他社がシグナルアナライザと呼んで製品化しているデジタルIF機は、マイクロプロセッサ上のソフトウェアでこの処理を実行しており、デッドタイムが生じやすい。
そのTektronixが2011年1月に発表した最新機種が、新たな信号解析機能「DPXゼロ・スパン」を搭載した「RSA5000シリーズ」である(図4)。この新機能を使えば、時間に対する振幅と周波数、位相それぞれの変化を6.7nsと極めて高い時間分解能でリアルタイムに(ライブで)観測できる上、その変化をトリガーとして信号を捕捉することも可能だ。
スーパーヘテロダイン方式の掃引型スペアナでも、ローカル発振器の周波数を固定して掃引を止めるゼロスパン機能を使って、時間に対する振幅の変化を観測することはできる。しかし、「長時間にわたって観測するには、原理的に時間分解能を低くせざるを得ず、分解能は数十msにとどまる。従って、高速に変化する現象は捉えられなかった。DPXゼロ・スパンなら、そうした変動もはっきりと確認できる。周波数のみならず、位相が瞬間的に大きく変動するといった現象でも観測可能だ。しかも、そうした変動の有無を確認できるだけでなく、変動の大きさを定量的に評価することもできる。トラブルシューティングの場面で、問題の特定が容易になる」(同社)と説明する。
測定周波数範囲が1Hz〜3.0GHzの「RSA5103A型」と1Hz〜6.0GHzの「RSA5106A型」の2機種を用意した。リアルタイム帯域幅(一度にFFT処理でき、同一タイミングで取り込める帯域幅)は標準25MHzで、オプションで40MHzもしくは85MHzに拡張できる。さらにTektronixは2011年4月、従来機種である「RSA5000シリーズ」にもDPXゼロ・スパン機能を搭載できるオプションを追加している。
掃引型スペアナを1986年から供給している老舗メーカーのRohde & Schwarzは、同社として初のリアルタイムスペアナ「R&S FSVR」を2010年7月に投入した(図5)。掃引型スペアナで培った高周波フロントエンドの設計ノウハウなどを生かせば、リアルタイムスペアナの市場で先行するTektronixに対する競合優位性を確保できると判断し、参入を決めたという。
このリアルタイムスペアナのFSVRは、Rohde & Schwarzが2008年に発売した掃引型「R&S FSV」を基に、リアルタイムスペアナの機能を追加したものだ。すなわち、ユーザーは、この単一の測定器のフロントパネルを操作することで、掃引型とリアルタイムスペアナの機能を切り替えて使うことが可能だ。「リアルタイムスペアナの既存ユーザーにヒアリングしたところ、スペアナを使用する期間のうち、リアルタイム機をつかうのはトラブルシュートなどの比較的短い期間である。規格通りの特性が得られているかどうかを確認するといった通常の作業では、ほとんどの期間に掃引型を使っていることが分かった」(同社)という。
測定周波数範囲が10Hz〜7GHzの「FSVR7」と、同10Hz〜13GHzの「FSVR13」、同10Hz〜30GHzの「FSVR30」を用意している。リアルタイム帯域幅については、標準で40MHzを確保した。掃引型スペアナとしての基本特性は従来機FSVと変わらない。例えば、平均表示雑音レベル(DANL)は1GHzにおいて−155dBm/Hz、30GHzにおいて−147dBm/Hzに抑えた。1秒当たりの掃引回数が最大1000回と、測定速度が高いというFSVの特徴も継承している。
アンリツは、掃引型スペアナをベースに、デジタルIF方式の信号処理機構を組み込んで、デジタル変調解析(ベクトル信号解析:VSA)機能を実現した機種をシグナルアナライザと呼んで製品化している。例えば「MS269xA」は、最大125MHzの帯域幅の信号をデジタルサンプリングして波形メモリーに記録し、そのデータにポスト処理を施すことで、周波数領域に加えて時間領域の信号解析も実行可能だ。すなわち、このシグナルアナライザでも、Tektronixや、Rohde & Schwarzのリアルタイムスペアナと同じような測定画面を得ることができる。
両者の違いは、先に述べたように、デジタル領域の処理をリアルタイムスペアナが専用ハードウェアで実行しているのに対し、シグナルアナライザではマイクロプロセッサ上のソフトウェア処理で実行しているという点である。その結果、シグナルアナライザはデッドタイムが比較的長くなる。
ただし、アンリツによれば、両者は用途が異なるという。すなわち、同社のシグナルアナライザは、リアルタイムスペアナが狙うトラブルシュート用途には軸足を置いていない。スペアナとしての基本的な測定項目である高周波信号の周波数と電力に加えて、デジタル変調信号の変調精度の測定や、スプリアスの観測もしくは隣接チャネル漏えい電力の測定といった、特に高いダイナミックレンジが要求され、掃引型スペアナが得意とする用途を重視する。実際に、「ユーザーへの導入提案で、リアルタイムスペアナと競合したことはない」(同社)という。
ただ、上述の通りリアルタイムスペアナと同じような測定画面を得ることができるので、トラブルシュートにも威力を発揮すると説明する。具体的には、電力や周波数の時間変化をそれぞれ可視化したり、横軸に時間、縦軸に周波数をとって、色の変化で電力を示す、いわゆるスペクトログラムを表示したりすることも可能だ。これを利用すれば、例えば測定対象物の電源を投入した際にその出力が無変調になって、瞬間的にスペクトラムが広がるといった不具合を捉えることができる(図6)。
Agilent Technologiesは、デジタルIF方式のスペアナなどに搭載することで、高度なベクトル変調解析を実行できるソフトウェア「Agilent 89600B」を2010年11月から提供している。ソフトウェアとして独立しており、同社のスペアナ「PSAシリーズ」や「ESAシリーズ」、シグナルアナライザ「Xシリーズ」などに搭載して使える。
LTE(Long Term Evolution)やその次期規格であるLTE-Advanced、WiMAXといった最新の無線規格に対応したベクトル変調解析を実行できる他、測定対象の信号を高度に可視化する機能も備えており、リアルタイムスペアナのような測定画面を作り出すことが可能だ。「これまで見逃していた不具合を検出できる」(同社)という。ユーザー独自規格のカスタム変調解析にも対応する。
ただ、このソフトウェアはマイクロプロセッサ上で稼働し、測定器がデジタルサンプリングした信号のデータをポスト処理することでこうした可視化を行う。従って、デッドタイムはリアルタイムスペアナに比べて長くなる。「当社は、その意味でのリアルタイム性をそれほど重要視していない。むやみにデッドタイムを短くして、突発的な現象をリアルタイムに捕捉できる確率を高めようというのではなく、長時間にわたってとにかく信号を記録し、それをポスト解析で調べればよいという考え方だ。リアルタイムに表示することよりも、そうして不具合を検出した後で、その原因をたどれるかどうかの方を重視している」(同社)(図7)。
なお89600Bは、スペアナのみならず、デジタルオシロスコープやロジックアナライザ、モジュール計測器などと組み合わせて使うこともでき、例えばオシロスコープに用いてギガヘルツ(GHz)の超広帯域解析を実行したり、モジュール計測器に使って多チャネルのMIMO通信を解析したりといった応用も可能である。
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