場面はロンドンに戻ります。
ロンドンオフィスの窓から、全天を覆う灰色の雲を見上げつつ、私は考えていました。―― 私は一体、何のために英国までやって来て、どの面(つら)下げて手ぶらで日本に帰るのか。
そもそも、今回の出張は、初っぱなからツキに見放されていました。到着後、最初のミーティングでは担当エンジニアが欠席しており、その方と会話できる唯一のチャンスは明日の懇親会だけという、誠に切羽詰まった状態にありました。一方、日本では、社内のエンジニアたちが、英国のシステムにおいて我が社の製品が適用できるか否かの判断を待っています。その人たちに「分かりませんでした」と、報告する勇気はありませんでした。
意を決し、私が取り出したのは、青と赤の消せるボールペンとリポート用紙。
英語のフレーズはもちろん、単語のスペルチェックすらできない状況で、私は、手書きでシステム構成図を書き始めました。複数のパターンが考えられるシステム構成のそれぞれを、英語で説明する自信はありません。
となれば、やることは一つです。全パターンのシステム構成図を、片っ端からフリーハンドでリポート用紙に書き出しました。赤と青のボールペンで、線図を書いては消し、書いては消しを続けているうちに、リポート用紙が破れそうになってしまいました。
さらに、質問事項は、単なる英単語の羅列のみを、そのシステム構成図の上に太字で直接書き込みました。その質問文は英文センテンスを構成していませんでしたが、もうそんなことを言っていられる場合ではありません。「困っていること」「知りたいこと」を、端的に、単語の羅列だけで箇条書きしておきました。なにしろ、手書きなのでたくさんは書けないし、そもそも資料としての体を成すだけの時間がなかったのです。
日本から持ってきたパワーポイントの資料は20ページ以上もあったかと思いますが、私がフリーハンドで作った資料は3枚。質問もダイレクトに「私はこのように理解をしている。正しいかどうかを、YesかNoだけで答えてくれ」と、汚い字で記載しました。
結果として、この資料を使ったプレゼンテーションがどうなったかと言いますと、
「大好評」。
担当エンジニアの方も、私からボールペンを奪い取って、この資料に書き込み始めるほどで、私の想定を超えるグレートなカウンタープロポーザル(逆提案)を3つももらいました。プリンタに「よくぞ、印刷に失敗してくれた」というような、変な感謝をしてしまったくらいです。
さて、このプレゼンテーション資料の勝因は、どこにあったのか。これを分析していくと、「英語に愛されないエンジニアの『プレゼンテーション資料』」のTo Be像が見えてきます。
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