「まあ、海外の組織が運営・管理しているテストなのだから、こういうものになっても仕方ないのかもしれないかなぁ」と思って、今回TOEIC発足の歴史を調べてみました。そして、びっくりするような事実を知りました。
あなたは、どの国の人間が、このような悪魔のテストを考案したかご存じでしたか。
日本人です。
1970年代、日本企業の海外進出が急速に進むのに伴い、「国際的な理解を深めていかなければ、日本は将来立ち行かなくなる」という危機意識を持った日本人がいました。その方は、国際的な理解を深めるための、実効性のあるプログラムを開発しようと思い立ったのです。
海外との行き来がごく一般的になるであろう将来に、より多くの日本人が英語でのコミュニケーション能力を求められるようになるとの予想のもと、英語力を客観的に評価する手段として考案したそうです*1)。
*1)「TOEICプログラムの理念」(TOEIC公式ホームページより)
その後、1977年に、米国ニュージャージー州プリンストンのETS(Educational Testing Service)との折衝を経てTOEICが誕生し、実施に至ります。この時の受験者は3000人でしたが、現在は230万人に上ります。これは、日本の年間海外出張者数260万人の、ほぼ100%に当たります(第3回:エンジニアが英語を放棄できない「重大で深刻な事情」)。
一方で、これは就労人口のわずか4%しか受験していないという見方もできますし、日本の海外旅行者数である年間1000万人の1/4とも取ることができます。
この状況を鑑みて、TOEICが当初の目的を達成しているのかどうか、私には分かりません。
いずれにしても、ここで私が申し上げたいことは1つです。
TOEICを発案し、並々ならぬ努力でその実現にこぎ着けてくださった日本人の方に対して、
――いらんこと、しやがって
と。
さて、ここからは、このTOEICというものを実感してもらうために、1つの仮想世界を設定してお話します。
まず、ここで以下のイメージを描いてください。
あなたは、米国テキサス州の平凡な家庭に生まれた「トム(Tom)」と言う青年、あるいは「ナンシー(Nancy)」という女性です。
多くの北米人は、東京駅のプラットフォームで、「北京行きの新幹線の乗り場はどこですか?」と質問するくらい、極東地域に興味がありません(実話)。トムとナンシーも例外ではないでしょう。
この度、勤めている会社が日本に支店を作ることになり、そのスタッフに抜てきされたトムまたはナンシーは、慌てて日本語の勉強を始めました。
日本語の勉強を初めて半年後、彼らは日本語の検定試験「Test of Japanese for International Communication(TOJIC)」を受験することになりました。なお、“TOJIC”は架空のテストで、元ネタがあります*2)。
*2)「TOEIC必勝の法則:今のままでも150点はアップできる!!」(晴山陽一 著、アスペクト)
さて、45分間のヒアリングテストが始まりました。なにやら、質問に対する正しい解答を選べ、と日本語で説明しているようです。
すると矢継ぎ早に日本語の問題が飛んできました。問題を一部抜粋したものを下記に示します。
写真を見て、正しい内容を説明している解答を(イ)から(ニ)から選びなさい。
(イ)彼は書類にサインをしています
(ロ)彼は履歴書を集めています
(ハ)彼は椅子に座って上司と話をしています
(ニ)彼は仕事に飽きています
質問を聞いて、正しい解答を(イ)から(ニ)から選びなさい。
あなたは今日いつ学校へ行きましたか。
(イ)学校は5年前に設立されました
(ロ)いいえ、今日学校は創立記念日でお休みでした
(ハ)私は毎日7時に学校に行きます
(ニ)はい、その通りです
次の会話を聞いて、適当な解答を(イ)から(ニ)から選びなさい。
「ねえ、君、どこから来たの」
「どこだって良いでしょ。あなたには関係ないわ」
「君の髪の毛って、さらさらだね」
(イ)彼は美容師です
(ロ)彼はけんかをしています
(ハ)彼はナンパをしています
(ニ)彼は耳が悪いです
次の説明文を聞いて、質問(1)から(3)を答えなさい。
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日本の製造業の会社では、失敗が多いと出世が早くなるそうである。
これは以前、ある会社に勤めている友人に聞いた話だが、あるソフトウェアエンジニアが顧客に納めるプログラムを書き間違えて、テスト運用中にそのシステムを全面停止させてしまったことがあるそうだ。
エンジニアとその同僚は、不眠不休でそのプログラムを書き直し、なんとかお客に納めることができた。その努力が上長に評価されて、そのエンジニアだけが仲間より早く出世することができたのだそうだ。
正確に動くプログラムを最初から書くことのできる人間の方が、優秀に決まっているのに、そういう人は上長の目から見ると目立たないため出世が遅れるらしい。
『システムの世界では人の能力を評価するのが難しいが、能力を持つエンジニアが報われないシステムを何とかしないと、日本は終わってしまう』と、その友人はこぼしていた。
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(1)日本の製造業の社員は、どうすれば出世しますか。
(イ)不眠不休で働く
(ロ)友人に愚痴をこぼす
(ハ)目立つ
(ニ)バグを出す
(2)日本では誰が不眠不休で働きますか。
(イ)上司
(ロ)問題を起こした人
(ハ)誰でも
(ニ)出世が早い人
(3)この文章にふさわしい題目を選びなさい。
(イ)努力は天才に勝つ
(ロ)出世する秘訣(ひけつ)
(ハ)システムエンジニアの評価方法
(ニ)システムの安全な停止方法
トムとナンシーがこんなテストを受けてびっくりしなかったら、彼らは本当は日本人であるか、真面目に試験を受けていないかの、どちらかしかありません。
大体、「ナンパ」なんて言葉が外国人に分かるかどうか、そして最後の説明文などに至っては、だらだらと一気に、一方的にしゃべられてしまい、問題を解くときにはそのヒントすら手元には残っていない状態です。正直なところ、ネイティブな日本人でも解けるかどうか怪しいものです。
しかも、問題の内容は、日本人にしか分からない状況や専門家にしか分からない用語(例えば「バグ」が未定義で使われている)が山ほどあり、その上、日本人特有の性格が分かっていないと、問題の設定となっている状況の雰囲気すら理解できないでしょう。
このテスト(TOJIC)の、いったいどこに、日本語のコミュニケーション能力を測る指標となる要素があるのでしょうか。
今回、この問題(TOJIC)を家族で解いてみたのですが、問題作成者であるこの私が誤答しました(嫁さんの解説を聞いて『参りました』と、頭を下げました)。
このテストに完璧に解答できる外国人を、私たち日本人は「素晴らしい」と思いますか? 私なら、「こんなテスト(TOJIC)でハイスコアを目指すような時間があるなら、別の勉強(日本語以外の語学など)でもしていたら?」とアドバイスします。
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