東京大学発のベンチャー企業 AgICは、市販インクジェットプリンタで印刷できる導電性インクの市販を2014年夏から開始する。写真用光沢用紙や同光沢処理を施したプラスチックフィルムに自在にパターンを描くことができ、教育現場や電子工作市場、大面積基板を必要とする用途などへの拡販を展開する。
自分でプリント配線板が作れたら……。
日々試作に明け暮れるエンジニアや電子工作愛好家などエレクトロニクスに関わる誰もが一度は夢見るであろうプリント配線板の自作。いろいろな回路設計は行えても、プリント配線板に限っては、自作するには難しく、プリント配線板メーカーに頼らざるを得ない領域だ。もちろんユニバーサル基板やブレッドボードなど汎用的な基板も存在するが、配線も煩雑で、専用配線板に比べ見た目もよくない。小ロットの配線板製造サービスも多くあるが、数万円のコストと数日単位の時間がかかり、パターンの変更も手軽には行えない。電子工作やコストや時間を掛けられない試作現場にとって、オリジナルのプリント配線板は高根の花だった。
電子工作の自由を制限する配線パターンを、家庭用のプリンタやペンで描くことのできる画期的ともいえる導電性インクが登場し、2014年夏からいよいよ市販されることになった。このインクを製造、販売するのが、日本発のベンチャー企業 AgICだ。
AgICは、2013年9月に東京大学川原圭博准教授らが論文発表したインクジェットプリンタによる回路印刷技術の事業化を目指して、2014年1月に設立された企業だ。同技術の核は、銀のナノ粒子を用いた導電性インクにある。
インクジェットプリンタで印刷するインクは、インクカートリッジやプリンタのノズル内で固まらない一方で、紙に吹き付けられた後はすぐに乾き、固まらなければならないという背反する2つの特性を持たなければならない。これまでも、いろいろな導電性インクが開発されてきたが、この2つの特性を併せ持つインクは登場してこなかった。印刷は行えても、印刷後に熱を加えるなどの工程が必要だった。
AgICの導電性インクは、“プリンタ内では固まらず、紙に吹き付けられたらすぐ乾く”というプリンタ用インクに求められる特性を「世界で初めて実現した導電性インク」(AgIC CEOの清水信哉氏)という。銀のナノ粒子の形状、サイズなどを工夫し、写真用の光沢加工が施された紙にインクを吹き付けると、凝固を防ぐ溶媒だけが光沢加工された表面から紙内部へ浸透。紙表面には導電性を持つ銀の粒子を含んだペーストが残る仕組みで、速乾性を実現した。
印刷後2〜3秒後には指で軽くこすっても、指に付いたり、線がにじんだりすることなく乾いている。この導電性インクは、インクジェットプリンタだけでなく、マーカーなどペンのインクとしても使用できる。清水氏は、「カーボンなどを使用した導電性インクのペンは他に売られているが、光沢紙以外のどこにでも描ける半面、乾くのに数十分以上掛かり、均一にパターンを描くのも難しい場合が多かった」とする。
これらの特性から、AgICの導電性インクで回路パターンを描くには、導電性インク以外に特別なものを必要としない。一般に市販されているインクジェットプリンタで、写真用の光沢処理が施された紙に印刷できる。導電性インク入りのマーカーであれば、写真用の光沢処理が施された紙さえあれば、パターンを自由に描けてしまう。
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