部屋に戻ってきた男性は、「やっぱりメールやPDFは、前例がないようです」と言い、私も「そうでしょうねえ。そもそも証拠能力もないと思えますしね」と応じました。
江端:「では、長々とお話するのも恐縮なので、まとめさせていただきたいと思うのですが、私、実は、Webで連載を持っている(週末の)ライターなんです」
と、ここで初めて、私は自分の正体(週末ライター)をバラしました。
江端:「で、今回、この事件をコラム風にして発表することになりました。そこで、ご相談なんですが『ネット詐欺については、特に、加害者が特定できず、被害額が少額である場合は、警察に相談しても無駄だ』って、書いちゃってもいいですか」
警察をかばうわけではないのですが、「警察だって神様じゃないんだから、できないことだってあるだろう」と思うのです。
江端:「申し訳ありませんが、ここまでの話をまとめると、どうしてもこのような結論になってしまうのです」
こう言うと、
警官:「ちょ、ちょっと待ってください。そうじゃないんです」
と、ずいぶんと慌てて、説明を始められました。
警官:「いいですか。江端さんのケースでは、たまたま『被害届けの受理が難しい』と言えますが、他の人のケースが、全て江端さんと同じケースとは限りませんよね」
江端:「それは確かにそうですね」
警官:「今回のケースでは、江端さんが銀行の口座を凍結する前に、他の人が凍結していたということは、この事件が、既に他の警察署の管轄で動いていることになります」
江端:「なるほど。同じ事件なのに、2つの警察組織が動くのは、確かにリソースがもったいないですね。それなら、『口座凍結を確認できたら、もう警察に相談しにくる必要はない』という結論に変更すれば、問題はなくなりますね!」
男性は、(そんなに慌てないで)といった目で私を見たあと、こう言いました。
警官:「例えば、今回の加害者が別件で逮捕されたとしますよね。その場合、その加害者から今回の事件につながれば、その加害者を本事件でも起訴できます。つまり余罪を追求できて、かつ、裁判では裁判官の心証も相当に悪くなるはずです。つまり、江端さんのおっしゃっている『報復』の可能性だって出てきます」
江端:「なるほど。つまり、今は何もできないように思えても、どこかで、ヤツに復讐(ふくしゅう)するチャンスが出てくるかもしれないということですね」
警官:「そうです。ですから、どのような被害であっても、私たち(警察)に相談していただきたいのです。1つ1つは小さな力ではあっても、それらは、ネット犯罪の抑止力になるはずですから」
私は、対応していただいた男性の方に、深々とおじぎをしながら、最後に1つだけ尋ねてみました。
江端:「結局のところ、ネット詐欺を完全に撲滅することは難しいということでしょうか」
警官:「身もフタもない言い方ですが、絶対確実なのは『ネットを使った売買はやらない』ということでしょうね。実際、私は使ったことがありませんから」
『ネット通販を使ったことのない現職の警察官が、ネット詐欺の被害者に対応するのは、かなり無理があるんじゃないかなぁ』と思いながら、それを口には出さずに、私は警察署を後にしました。
では今回の、江端智一のネット詐欺事件から得られた教訓を簡単にまとめてみたいと思います。
(1)著名な通販サイト以外は使わないようにする
(2)どうしても使いたい場合は、そのサイトドメイン名や、メールアドレスなどをネットで調べてみる。結構な確率で、偽サイトであることが発見できる
(3)以下に該当する時は、そのサイトの利用は止める。(a)正しい日本語でメールが書けない(b)法人格を有していない(c)(いまどき)クレジットカード決済ではない
(4)ネット詐欺に遭ったと思っても、絶対に諦めない
(5)まず銀行に電話をして、口座番号を叫び、口座の凍結を要請する。銀行が「警察からの指導」という形を取りたいと考えているようなら、近くの交番または警察署に駆け込んで、そこから再度銀行に電話する(時間が勝負)
(6)完全に手遅れだと思っても、銀行に連絡することで、「被害回復分配金」を得られる場合がある(何もしなければ、何も戻ってこない)
(7)消費者センター、警察には相談をしてみる。彼らは、私たちが知らないことを知っている(はず)
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.