NTTと東北大学は2016年3月、半導体中の電子スピンの向きをより安定に操作できる技術を開発した。両者は、「量子コンピュータや電界効果型スピントランジスタなどの電子スピンを用いた演算素子の実現に大きく貢献すると考えられる」としている。
NTTと東北大学は2016年3月、スピンの向きを長時間保持されるよう構造設計した化合物半導体量子井戸*1)を用い、外部電界による電子スピンの長距離輸送に成功したと発表した。
*1)半導体量子井戸:電子に対するポテンシャルエネルギーの小さな半導体薄膜(量子井戸層)が、ポテンシャルエネルギーの大きな半導体層(障壁層)によって挟まれた半導体構造のこと。量子井戸層の中には電子を効率的に閉じ込めることができる。
電子の持つ磁気的な性質「スピン」を半導体中で利用することにより、超高速演算が可能な量子コンピュータや低消費電力で動作するスピントランジスタなどの画期的なデバイスが実現できるとされる。こうしたデバイスを実現するには、多数の電子スピンの向きをそろえて、電気的に運んだり、制御したりすることが必要になる。しかし、現状では、半導体中で、電子スピンの向きがそろった状態を長時間保持し、長距離にわたって運ぶことが難しかった。半導体中の電子スピンは、向きを一度そろえても、「スピン緩和」という現象を起こし、短時間でバラバラになるためだ。
スピンは、スピン軌道相互作用*2)が働いて生じる、あたかも磁界が印加されているような見かけ上の磁界である「有効磁界」により回転する。この有効磁界の方向は電子の運動方向に依存するため、電子が多くの散乱を受けるとさまざまな方向に有効磁界が働き、スピンの向きがバラバラになるスピン緩和が起こるのだ。
*2)スピン軌道相互作用:電界の中を運動する電子が実効的に磁界を感じるという相対論的効果。
NTTと東北大学は今回、スピン緩和を抑制し、スピンの向きを長時間保持し、長距離輸送させることを「世界で初めて実証した」という。
まず、NTTは、起源の異なる2つのスピン軌道相互作用が等しい強さになる特殊な半導体量子井戸では、有効磁界の方向が電子の運動方向に依存せず、一定になる現象に着目。この特殊な条件では、電子スピンは、「永久スピンらせん」(Persistent Spin Helix/以下、PSH)状態と呼ばれる状態になり、スピンの向きがバラバラになることなく、量子井戸中を伝搬できる。
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