そこでNTTは、理論計算によって、図3のようなPSH状態を実現する量子構造を設計した。その結果、ゲート電圧を調整することでPSH状態から通常の状態まで電子スピンを制御できることをつきとめた。
さらに両者は、このPSH状態を実現する量子構造を使って、電子スピンを長時間保持し、長距離にわたって電子スピンを輸送できることを確認するための測定を実施した。
PSH状態に近い量子井戸とPSH状態に遠い量子井戸の中をドリフト運動する電子スピンの空間分布について、磁気光学Kerr効果*3)による測定を行った。試料構造としては、図4のように量子井戸に対して垂直方向のゲート電界と、x/y方向の面内電界が印加できる構造を用いた。
*3)磁気光学Kerr効果:直線偏光を磁化した材料の表面に入射した際に、反射光の偏光軸が元の偏光軸に比べて回転する効果のこと。ここでは、Kerr回転角は電子スピンの面直成分の大きさに比例することになる。
測定の結果、PSH条件に近い量子井戸では、図5の電子スピンの空間分布のように、電子スピンが直線的に、100μm以上離れたところまで輸送されていることが判明。またPSH条件に近い量子井戸では、x方向にはスピンが回転する一方で、y方向には回転することなく伝搬していることも分かり、PSH状態における有効磁界の特長を示した。
ゲート電圧を変化させ、スピン軌道相互作用の強さをPSH状態の近くで変化させると、電子スピンの到達距離がちょうどPSH状態になったところで、最大になることも確認した。
この結果について両者は「PSH状態の実現によって電子全体のスピンの向きが長時間保持され、電子スピンが寄り遠くまで輸送できたことを示している」と結論付けている。
また両者は、「今回実現した電子スピンの長距離輸送技術と、電界による回転制御技術を発展させると、量子コンピュータやスピントランジスタなどのスピン演算素子や、これまで実現不可能だったスピンを利用した新しい素子への応用が可能になる。半導体中におけるスピンの流れを自在に制御する技術につながり、これまで電流を使って行われてきた論理演算をスピンのみで実施するスピン回路への発展が期待できる」とする。両者は、今後、スピンを用いた要素デバイス、スピン回路などに加えて、それらを組み合わせたスピン情報処理システムの実現を目指した研究を進めていく。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.