東北大学電気通信研究所の大野英男教授、電気通信研究所の深見俊輔准教授らは、従来の2つの方式とは異なる新しいスピン軌道トルク磁化反転方式を開発し、その動作実証に成功したと発表した。今後の技術開発によって、低消費電力で高性能なメモリや集積回路の実現が期待される。
東北大学電気通信研究所の大野英男教授、電気通信研究所の深見俊輔准教授らは2016年3月22日、新しいスピン軌道トルク磁化反転方式*)を開発し、その動作実証に成功したと発表した。スピン軌道トルク磁化反転は、原理的に従来のMRAM(磁気抵抗メモリ)よりも、約10倍速い1ナノ秒レベルでの磁気制御が可能である。
また、従来の2つのスピン軌道トルク磁化反転方式では書き込み電流と磁気の向きが直行していたのに対して、新方式はこれらの向きが平行になる。これにより、従来方式を上回る高速動作を低電流で実現できるという。今後、超高速消費電力集積回路を用いたIoT社会への道が開けていくことが期待されるとした。
*)スピン軌道トルク磁化反転方式:電子のスピンと軌道運動の間の量子相対論的な相互作用のことを指す。電場中を運動する電子にはスピン軌道相互作用を介して実効的な磁場が働き、電子のスピンの方向に応じて異なる方向に散乱される。これによって、電流と直交する方向にスピンの流れが生じる現象のことをスピンホール効果という。
スピン軌道トルク磁化反転方式には、これまでに2つの方式がある。1つ目は、スペイン/フランスのグループによって実証された構造だ(図1のa)。aの構造は、原理的にナノ秒付近の高速領域でも低速領域と同程度の電流で書き込みが可能である。しかし、書き込みに要する電流の絶対値が大きいという課題があった。
2つ目の構造(図1のb)は、低速領域では小さな電流で書き込みができたが、高速領域では書き込みに要する電流が増大するのに加えて、セル面積の低減が難しかったとする。
今回、大野氏と深見氏らの研究グループは、これまでの2つの方式とは異なる第3の方式を考案し、動作の実証に成功した(図1のc)。同研究では、理論計算をもとに材料/素子構造を設計し、微細加工技術を用いてSi(シリコン)基板上にナノメートルスケールの素子を作製し、その特性を室温で電気的に評価。電流を導入する重金属チャネル層にはタンタルを用い、磁化が反転する強磁性層にはコバルト鉄ボロン合金を用いたとしている。作製した素子の磁化反転特性を評価したところ、同材料系におけるスピン/軌道相互作用から、予測された通りの磁化反転が観測されたという(図2)。
今回の研究成果の応用として、科学技術振興機構(JST)はリリース上で「MRAMのギガヘルツクラスの高速動作に向けた道が開けた」と語る。スピン軌道トルク磁化反転素子を含めた従来のMRAM素子は、低電流動作や高速動作などを高いレベルで両立することが難しかった。今回のスピン軌道トルク磁化反転に必要な電流密度の大きさや、「0」「1」の情報を記憶した状態での抵抗変化の大きさは、MRAMや集積回路で必要とされるレベルに近い値となったとする。これにより、今後の技術開発によって、低消費電力で高性能なメモリや集積回路の実現に向けた道が開けていくことが期待される。
なお、同研究は、内閣府が主導する「革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)」の研究開発プログラム「無充電で長期間使用できる究極のエコIT機器の実現」と、文部科学省「未来社会実現のためのICT基盤技術の研究開発」の一環で行われている。
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