東京大学は2016年4月、指の力を加えるだけで、電気伝導率が約2倍になる低コスト、高感度の応力センシング材料を開発した。
東京大学は2016年4月、東京工業大学らと共同で、指の力を加えるだけで、電気伝導率が約2倍になる低コスト、高感度の応力センシング材料を開発したと発表した。柔らかく、印刷可能な単結晶高移動度有機物半導体薄膜で実現したという。心拍センサーなどヘルスケアデバイスの他、橋や道路などの構造物の劣化診断用歪みセンサーなどへの応用を見込む。
有機半導体は、シリコンなど無機半導体に比べ柔軟で、印刷などの簡便な方法で低コスト生産が行える特長を持つ。ただ、有機半導体に応力による歪みを加える効果については、あまり研究されてこなかった。なお、シリコンなど無機半導体では、歪みを加えることで、強く共有結合している原子間の距離が小さくなることによる電気伝導度の増加することが知られている。
これに対し、東大大学院新領域創成科学研究科教授の竹谷純一氏らの研究グループは、「有機半導体では、弱い分子間力で結びついていて、しかも室温で各分子が激しく振動していることが圧力によってどのように変化して、電気伝導がどのような影響を受けるかは、興味深い研究対象」として有機半導体に応力による歪みを加える効果についての研究を実施した。
通常、有機半導体トランジスタは、結晶軸方向がランダムな結晶粒の集合である多結晶であるため、応力による歪の効果が結晶粒間の電流に影響し、応答の大きさが制御不能だ。しかし同研究グループは、単結晶の有機半導体を用い、応力に対する電流の応答が物理的に対応するセンサー機能を有するデバイスを開発。さらに高移動度の有機半導体材料であるC10-DNBDT*1)を、50nm以下の厚さの薄膜結晶化する独自の溶液塗布による製膜方法を用いることによって、高い感度を実現した。なお製膜は、インク溶液から液中成分の結晶を成長させる手法を用いていて、「将来印刷による簡便な方法で低コストのデバイス製作が可能になる」という。
*1)C10-DNBDT:3,11-didecyldinaphto[2,3-d:2’,3’-d’]benzo[1,2-b:4,5-b’]dithiophene。溶液からの単結晶薄膜化により、移動度が10cm2/Vsを超える極めて高性能の有機トランジスタが得られる。
同研究グループは、この単結晶有機半導体トランジスタをプラスチックフィルム上に作製し、指で加えられる程度の小さな応力を加えたところ、3%もの歪みが得られる柔軟性を確認し、伝導度が約2倍にもなる巨大な応力歪反応を見いだした。この歪感度*2)は、従来の金属薄膜歪みセンサーよりも15倍程度高い値だという。半導体の性能指標である移動度も歪みを加えることで、10cm2/Vsから17cm2/Vsに向上し、電流応答のスピードが1.7倍に向上できることも示した。「この結果は、基板からの応力などによって、熱振動を抑制すると、移動度効果が大きいことを示しているため、今後の新規半導体材料の開発方針の新機軸にもなることが期待される」(東大)。
*2)歪感度:電気抵抗の変化によって歪量をセンシングする歪みセンサーの性能指標。
さらに東大では、応力下での結晶構造解析と琉球大学准教授柳沢将氏らによる理論計算によって、「こうした巨大な応答を実現するメカニズムが、分子の熱振動を抑制する新しい応力の効果によることを突き止めた」としている。
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